◇鍉鍼との出合い

私が鍉鍼を初めて買ったのは、鍼灸大学4年のたには祭(学園祭)の時でした。ゼミで鍼灸道具を売っていたので、そのときにバネ式の鍉鍼を購入しました。どのように使うかは全く考えずに、古典に出てきて名前を知っていたので、ただ収集目的で購入したように思います。
その後、学校を卒業し、滋賀県彦根市のにき鍼灸院でお世話になりました。ここは経絡治療の流れをくむ漢方はり治療を実践されています。そして、ここで初めて鍉鍼を使って治療をすることを学びました。私が入った当時は本治法は一寸1番の銀の毫鍼で治療し、標治法は寸三1番と3番のステンレスの毫鍼を置鍼した後、寸三1番のステンレス鍼で散鍼するというのが主でした。当時から本治法においては、深く刺すということはしていませんが、それでも毫鍼ですから1ミリぐらいは刺さっていたと思います。標治法の置鍼も、鍼がやっと立っているという感じでしたから、深さは2~3ミリぐらいだと思います。時に2~3本単刺で深くポイント的に刺鍼することもありましたが、全体的に鍼は浅めでした。そして小児の治療で小里式鍉鍼を使って治療しているのを知ったのが、鍉鍼を使った治療との初めての出合いでした。このとき教えられたのは「鍉鍼は刺激量が弱いから小児に使う」ということでしたので、私の中では「鍉鍼は刺さないから、毫鍼に比べて刺激量が少ない」と思い込み、それが毫鍼から鍉鍼へ切り替えていく際の最大の障害になりました。
◇森本式鍉鍼を知って
2年間の助手生活を終えて、実家に戻って開業しました。はじめは教えられたとおりに、一寸1番の銀の毫鍼で本治法を行い、標治法は寸三1番と3番のステンレスの毫鍼を置鍼した後、寸三1番のステンレスの毫鍼で散鍼するという治療を行っていました。
森本式鍉鍼を紹介してもらう前に、今も所属している研修会で、鍉鍼を使って治療するのだと師から教えてもらい、小里式鍉鍼で本治法や標治法を試したときもありました。しかし本治法も標治法も効果の出る人もありましたが、もう少し治療としての効果が足りないなと感じることもよくありました。実際には効果があったのかもしれませんが、「鍉鍼は小児鍼用の鍼」という思いが強くてなかなか効果が出せなかったのかもしれません。
その後、会で師から森本式鍉鍼を紹介してもらいました。小里式鍉鍼で治療した経験から「形は違うけれども大人の本治法や標治法に使って本当に効果があるのかな」という気持ちをもっていました。
実際に鍼を試してもらうと、緊張がゆるむのを確認しました。それでも鍉鍼に対する偏見は消えず、十分な効果が出せるのか不安でした。
鍼をいただいて自分で試しに鍼先に手をかざすと、こそばゆいような強い気の感じが触れる、小里式鍉鍼の時のようなぼわっとした周りに広がる感じではなく、毫鍼のようにまっすぐにすっと伸びる感じ、そのときは毫鍼よりも力強く感じました。これはすごい。これなら治療もうまくいくのではないか。この鍼に対する期待で心がわくわくしました。
◇葛藤
研修会の次の日からすぐに治療で使いたかったのですが、やはり今までの鍼とは違うものということで、自分の腹を使ってある程度練習してから、まずは本治法から使い始めました。使い始めると、脈が小里式鍉鍼の時よりもぼやけた感じではなく、すっと通るしっかりした調(ととの)い方になりました。毫鍼の時よりも脈が太くしっかりしているように感じ、「この鍼はとても良い。先がとがってなくて患者さんに恐怖心を与えることもない。効果もしっかりある」としばらくはその結果に満足していました。
しかし標治法は、なかなか切り替えができず、毫鍼の置鍼と、数は少ないとはいえ毫鍼による単刺もしていました。なかなか切り替えができなかったのは、患者さんからクレームがつくのではないかという恐れと、効果があるのはわかっていても、強い緊張のところは毫鍼でゆるめる必要があるのではないかという思い込みが、どうしても頭から離れなかったからでした。どうしようか悩みながら治療をしていくうちに、だんだんと毫鍼で置鍼や単刺をすることが苦痛になってきました。自己治療では全く毫鍼を使わずに鍉鍼のみの治療で効果があるのを実感し、毫鍼とは違う心地良い身体がほぐれる感じがするのを知っているのに鍉鍼治療に切り替えていけない。自分の思うような治療ができないという思いがだんだんと強くなって毫鍼を使うたびに、ストレスを感じるようになりました。すっきりしない気持ちで治療をしながら研修会で鍉鍼の治療の効果や自己治療、練習を重ねていくことによって少しずつ自分の気持ちを変えていきました。
はじめは今まで来院されたことのない患者さんから、刺さない鍼で治療することを説明し、置鍼をやめて森本式鍉鍼のみの治療に替えていきました。
今まで来院されていた患者さんにも、刺さない鍼でもきちんと効果があるからと説明をし、だんだんと置鍼をすることをやめていきました。それでも治療の終わりに患者さんがまだもうちょっと残っているような感じがするといわれると、気持ちが揺らいで渋々ながらも毫鍼の単刺施術を続けていました。これは今から5年前まで続けていました。
また患者さんの治療経過が良くないときも、鍉鍼の治療では効果がないのではないかと自分の技術の未熟さを顧みず、鍼のせいにしたこともありました。それでもあきらめず、いろいろと鍼の深さや補う時間など患者さんを通して学ばせていただき、鍉鍼の扱いに慣れてきました。
◇鍉鍼治療に切り替えて
現在は毫鍼を使うことはほとんどありません。鍉鍼で十分な効果が出せることがわかっているからです。鍉鍼で効果が出せるようになったのは、技術的な進歩もありますが、自分の気持ちが変わったことが大きかったように思います。
「鍉鍼は効果がある」と信じること。
鍉鍼に対する気持ちが揺らいでいるときは、変に力んでしまい、治療効果もいまいちでした。また思ったように治療効果が出ないときも無理をして、ドーゼオーバーを起こし、かえって悪くすることもありました。そんなことを何度も繰り返しながら、鍉鍼に対する気持ちを少しずつ変えていきました。
鍼は身体が本来もっている治癒力を十分働かせる手伝いをしているだけだから、一人一人効果の現れ方が異なるのは当然です。
今はそう思えることも、理解するまでには時間がかかりました。そう思えるまでには、すぐに十分な効果が出ていなくても、脈や腹の改善状態を信じて患者さんに良くなることを話し帰ってもらった後、経過はどうだろうかと何度も心配に思い、そして次に来院されたときに、楽になったといわれてホッと胸をなで下ろすという経験も何度もしてきました。
今は、自信をもって鍉鍼のみの治療で効果があると断言できます。
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岸田美由紀(きしだ みゆき)
1972年5月18日生まれ。1996年、明治鍼灸大学(現明治国際医療大学)卒業。卒業後、滋賀県彦根市の脉診流にき鍼灸院で2年間の研修後、三重県名張市で脈診流わかば鍼灸院を開業。現在、滋賀漢方鍼医会に所属。