8.人はなぜ病気になるのか(治るのか)
2回ほど、健康と自己治癒力などについて考えてきました。これを前提に、今度は病気について考えていきます。まず、いくつかの病気の定義を見ていきます。
『広辞苑』では「病気とは、生物の全身、または一部分に、生理状態の異常をきたし、正常の機能が営めず、また、諸種の苦痛を訴える現象」と述べ、杉靖三郎の『生命・健康の本質』では、「生命の阻害された状態を病気という」と述べています。ともに現象把握に終わり、「なぜ病気になるのか」の深い洞察がありません。
これに対し、『ガンジーの健康論』では、「病気とは、自ら自然の法を犯した為で、忠実に改めれば回復する」、ヒポクラテスは「四体液の調和の破壊が病気を生む」、島田明徳の『道の考え』では、「病気とは、自然の一部である人間が、自然の法則に適った生活をしていないことを示す道標」、石塚左玄の『食物養生法』では、「真理は大自然の法則の中にあり、病を治すのではなく、病をしない人になる。人間は、化学的食養で、健康的で、知恵と才気を備えた身体と精神の人物に進化する必要があり…」、桜沢如一の『食養人生読本』では、「病気は、ありがたい、もったいない天罰である。治す力は心にある。病気になる人、子供を病気にする人は、神仏=大自然、大宇宙、絶対無限精神の世界を知らぬ人」と述べています。これらの師は、病の根本原因を求め、それに迫ろうとしてきました。
それでは、病についてもう少し拡大してとらえてみます。
チベット医学の病因論では、
①カルマ〔輪廻転生の中で、過去世の行いが現世の病の原因になる〕
②鬼神・悪霊〔これらの存在が病を為す(祈祷・呪禁・儀式・修行などで治療)
③日常生活の不正〔三体液の不調や四大の不調(医者が治療する一般的な病気)〕
に分類し、智顗の『天台小止観』では、①四大・五臓の増損 ②鬼神 ③業の報い、空海の『十住心論』では、「身病多しと雖も、その要ただ六つ、四大鬼業これなり」「心病衆しと雖も、その本唯一つ、所謂無明これなり」と述べられているように、仏教医学では、従来の病因論に鬼神とカルマ(業)を加えています。
以上述べてきたことに鑑みると、上馬場和夫が『なぜ人は病気になるのか』の中で述べている、「知性の誤りを遺伝子異常として具現化させ病気を引き起こして浄化させようとしているメタフィジカルな法則・意志が存在している。この意志は大我・神・宇宙の知性である…カルマの法則は霊・心・体を浄化させ、個我の智恵の過ちを正そうとしている」「病気とは、浄化された本来の自分に戻る為の自己回帰的な過程である」の人の命・カルマも含めたとらえ方に帰着します。
したがって、現代医学、医療が病気に総力をあげて取り組んできたにもかかわらず、今日まで根本的に有効な手立てをみつけられなかった原因は、宇宙の法則(カルマ・鬼神も含む)と自己治癒力を無視し、病気を一つ一つ別のものととらえ、人間生活そのものと切り離してきたためであろうと思われます。
9.病の起こりと癒しのプロセス
病の起こりと癒しのプロセスも、個人、集団、地球、宇宙的段階、といった観点からのアプローチの仕方がありますが、健康観と同様に、私はこの問題も、個人という自己の意識変革に帰着するという考えですので、個人のあり方を軸に展開いたします。
さて、病気の発生から癒されていく過程を理解するために、表1、2を参考にしていただき、簡単な説明を加えていきます。
病と癒しのプロセス(表1参照)
1)大宇宙の秩序に反した時や、成長しつつある変化の過程の中で不調和が起こる
人間が自然の一部である以上、身体内部も自然界の法則に従って活動しています。この法則に反した時や、成長しつつある変化の過程の中で身心魂霊に不調和が起きます。急性、慢性、成長の過程でのバランスの崩れによるものなども、次のプロセスに移るためには、その場だけの調整による一時的な調和でなく、宇宙の法則によります。
さらに、カルマ・トラウマや慿依によっても不調和が引き起こされます。この場合は深く長い不調和が続きやすいですが魂の成長の視点から認識していく必要があります。
2)不調和が波動を狂わす(表1,2参照)
宇宙は波動の世界です。全てが波動で成り立っています。身心魂霊の不調和は、細胞、組織、器官から微細エネルギー系(オーラ・チャクラ・経絡)にわたる全ての波動の異常となって現れます。「宇宙」、「地球」、「私たち」は、根源的に同じものでできており、無限な命に生かされ、周囲の存在に支えられています。
3)波動の狂いにより、生命を維持している働きが阻害される(表1,2参照)
現代医学で言う皮膚・血管・筋肉・骨格・骨髄・神経系・ホルモン系・免疫系や東洋医学でいう五臓六腑・経絡・経別・気血水等が阻害されます。しかし、阻害の現れ方、部位は人によって違いが出ます。それはその人の過去(カルマ・遺伝素因・トラウマ)、現在の生活の中で、特に弱い所に現れて来るためです。
4)生命を維持する働きに障害が出て、自己治癒力が発動される
『素問』上古天真論の中では、「…恬憺虚無なれば、真気これに従う…」と述べているように、命の根源から発動される生命力である自己治癒力は、心身を正常に保てるように生命の内部から湧き上がる私たち自身の本質力です。この力に気づくことは、病気の理解につながります。例えば、悪い食べ物を食べた時、そのままの状態では当然身体を害するわけですから、嘔吐や下痢という手段で毒物を体外に出そうとします。細菌や毒素が体内に侵入、増加あるいは血液・リンパ液が汚れてくれば、身体の組織は循環を活発にして、これを素早く消毒殺菌して体外へ出そうとします。そのために発熱という現象を引き起こします。血圧も、その人それぞれに必要な値を示しますので、単に高血圧だから降圧剤で下げるのではなく、「なぜ、高血圧になったか」「なぜ、高血圧現象を必要としたのか」が大切なポイントになります。さらに、自己治癒力も過剰になる時(実・旺・上亢)と不足になる時(虚)がありますので、よく観察する必要があります。
5)病気は最高の療法
自己治癒力の発動が盛んな急性期でも自己治癒力の発動が衰えた慢性期でも、いずれにせよ「病気」という現象が起きた時は、病む人も、治療家も、「最高の療法」「自己変革の機会」と思い、「嫌なもの」「恐いもの」「悪いもの」と決めつけず、逃げず、焦らず、感謝して、対処することがとても大切となります。そのためには、病的現象をよく味わい、体験・観察していくことが大切となります。
6)浄化・治癒力完了
ここでは、心身と共に魂まで輝いて来る人、半健康人だが一応前状態に戻って安心する人…様々です。とくにエゴによる知性の誤り、五感とその対象の接触の誤り(貪・瞋・痴等も含む)、季節と日常生活の誤り、カルマなどに気づくとより良き次のステージが訪れると思います。
7)病気という事態に正面から向かい、正しく理解する
6で述べたことと重なりますが、病的状態を「次のステップへ進むための過程であり、自らの心身魂霊が必要としている」「どのような病もその人の個性・人生のプロセスとしての現れである」「カルマの浄化につながっている」ことに気づき、自分の心がつくり出すネガティブな観念、思い込みといったブロックがとれますと、素晴らしい結果が現れてきます。とくに本来の知性を取り戻す絶好のチャンスと考えられれば、病は感謝であり喜びであり、「命の歓喜=病」と認識できてくると思います。もともと病も健康も一如の命の世界であるためです。
8)真自己(真我)を知る
自己の「存在」を知らないことが、心身苦の原因となっています。したがって「存在」の価値を洞察できれば、病気の意味が理解でき、その根本原因を解決できるのではないかと思います。真の自己の自覚に関して池見酉次郎は「真実の自己の自覚は、ただ単に知的にとらえられた境地ではなく、我々の筋肉を通じ、肌を通じ、全身全霊を通じて“覚醒”されるものである」と述べていますが、誠に達見であります。そして、「真自己を知る」ことによる「宇宙意識」「地球意識」との合一を出発点に、その人の新しい創造が始まってきます。
次回は、「病からの気づき・意味」について述べていきます。
| ※ |
以上は、石原克己著『伝統医学のこれから 第1巻』(たにぐち書店)の「第1章 健康と病について」を修正・加筆しております。
|
■東京九鍼研究会問い合わせ
E-mail:Tokyo9shin.@yahoo.co.jp