週刊あはきワールド

2011年8月17日号 No.245

在宅ケア奮闘記 その58


もしも患者が認知症を装っていたら・・・

訪問リハビリ研究センター代表 西村久代

 毎日が暑い、暑いの連続だ。首に巻いたタオルが汗を吸ってぼとぼとになっている。今年も子供顔負けのあせもができた。節電の折り、熱中症にならぬよう水分補給だけはしっかりと行っている。

 この日も朝から温度はうなぎのぼりだが、認知症になっている寝たきりのヨネさん85歳を訪問した。

ヨネさんのムカつく一言

 「おはよう。今日も暑いですね」とご挨拶をすると……。「何を言うてますのや。私は寒くて泣いています。変なことを言う人やな。おかしんとちゃうか」とハッキリとした大阪弁で怒られた。

 私は大人だから腹は立たなかったけど、あまりに暑い日だったので少しはムカッとしてしまった。

 しかもである。その会話を聞いていた家族がヨネさんの話を真に受け、「お母さんは寒がっている。熱があるのかも知れない」と思ったのか、クーラーも扇風機も止めてしまった。

 冗談じゃない。なんでヨネさんの話をまともに聞くのか理解できない。「認知症だぞー」と大声で怒鳴りたかった。お願いだから扇風機だけでもいいからつけていてほしい。

 だが、私の心の叫びは届かず、クーラーも扇風機も消された。気持ちがガックリと確実に落ちていくのがわかる。大人げないけれど「家族もヨネさんも熱中症になってしまえー」と心の中で祈った。

ヨネさんが認知症を装っている?

 お盆が近づいてきたある日。ヨネさんの家に誰かが来ているとヨネさんが言う。ヨネさんは元気なのにもうお迎えが来たのかと思った。家族がその場を離れた隙に、ヨネさんに「お迎えがきたのか?」と聞いてみた。

 「お迎えとちゃうちゃう。遊びに来はっただけや。あんたの後ろに二人おるやろ。見てみぃや」

 後ろが急に寒い感じがして、絶対に振り向かなかった。本当に認知症なのか、私をからかっているのか、時々私が遊ばれているような感じがして仕方がない。

ヨネさんから改めて人生を学ぶ

 認知症ではなく、認知症のふりをしているのだとしたらヨネさんは役者だろうな。もし私が寝たきりに近い状態で頭だけが冴え抜いていたら嫌だろうなと思う。自分のやりたいこともできず、行きたいところにも行けず。トイレも人に頼り、ジッとベッドのうえで時間を過ごさなければならないなんて……。

 そう考えるとゾーッとしてしまう。いくら年を取ったからといっても自由(自立)がないなんて自分の人生で諦めがつかないだろう。

 今まで元気だったのに突然の病気で寝たきりになってしまうなんて考えられない。自分だけは大丈夫と高をくくってしまって、心の準備なんてできないし、諦めようとは思うことができない。少しの希望が残っているのだとしたら、その可能性に賭けるだろう。

 そしてもし叶えないのなら現状から逃避して認知症を自ら引き起こし気楽になるしかないのだと思う。自分が誰だったのか。どんな人生を歩んできたのか。自分の誇りや見栄もなくなり、自由に生きることを選択してしまうのだろう。そして少し余力があれば適当に他者をからかいながら自分の身体を守りながら生き抜くのであろう。

 水分補給もしたいときに飲みたいが、ままならず。トイレも寝返りも何もかも他者に全てを委ね、それを受け入れなくてはならない現実。たとえ、大きな声で「助けてー助けてー」と叫ばれようが、「痛いー痛いー」と連呼されたって、私は我慢しよう。ヨネさんは寝たきりの患者だけど大声が出る。家の表で聞いている人に虐待と思われても私は笑顔でいよう。

 もしも、認知症を装っているとしたら…というバージョンで対応してみよう。私は大人だから大人げのある先生として施術に当たろう。

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