週刊あはきワールドへようこそ! 2011年9月7日号 No.247

難問奇答集  其の七十一


柔弱なれば必ず剛強あり

〈奇答師〉神麹斎

【難問】  

『霊枢』五変篇に、五蔵がみな柔弱な人は、消癉を病みやすいとあって、五蔵がみな柔弱な人は、どのようにして見分けるのかという質問に対して、「そういう人は必ず剛強であって怒りやすい」という答えが返ってきています。柔弱と剛強、なんだかそぐわないような気がするんですが。

【奇答】
 「そういう人は必ず剛強であって怒りやすい」という少兪の答えに対して、黄帝はさらに「どうやって柔弱と剛強を候うのか」と問うています。それに対する答えは、「こういった人の皮膚は薄くて、目は堅固で深く、長衝直揚(おそらくは眉をつり上げて直視する)で、そのこころが剛なのである」です。つまり柔弱は皮膚の薄さで、剛強は目の「堅固以深」と「長衝直揚」で知る。実は「目深以固、長衝直揚」は、『霊枢』論勇篇における勇士の風貌なんです。だから、多紀元簡などは、「形質は弱であって性気が剛であることを謂う」としている。

 それでは形質が柔弱であるのに、どうして勇士のような性気でいられるのか。いられるのではなくて、いなければいけないのではないか。性気を剛強に保っていないと、もたないのではないか。体力の限界近くに来ている人は、最後の精力を振り絞っている。だから、ちょっと見には粗暴にみえることもある。卑近な例ですが、階段を騒々しく上ってくる音に、どこの乱暴者かと思ったら、病弱の楚々とした女性だった、なんてこともありました。これはわざとじゃないし、必要だからと意識しているわけでもないけれど、そうしかできないのでしょう。極端にいえば、足を上げるのが精一杯で、下ろすというよりは、落としている。鉄製の外階段だったりすると、響き渡る。またあるいは、大手術の後には、幻覚が現れやすいものらしい。西洋外科医の間でも常識のようです。彼らは麻酔の影響で意識が混濁しているくらいに考えているかも知れないけれど、本当は興奮度を高めてかろうじて生命を維持しているのではないか。これは自然に身体の機能としてそういうことが起こる。だから、もう危機は脱したという段階に、手術後の体力回復を期待すると称してせっせと滋養物を取らせたのでは、栄養過多になってしまって、もう平静になっても良いはずの興奮が継続してしまう、というようなことがあるように思う。この手術後の反応などは、まさしく「柔弱なれば必ず剛強あり」の感じでしたね。身内の手術時に経験しました。

このコーナーでは、古典鍼灸医学に関する難問を募集します。応募された中から奇答に値すると神麹斎氏が判断した場合に限り、その難問を採用させていただきます。なお、採用された難問に対する奇答はこのコーナーで発表させていただきます。また、不採用となりました難問への回答はできかねますので、あらかじめご了承ください。「これは?」という難問をお待ちしていますので、奮ってご応募ください。

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