週刊あはきワールド

2011年9月21日号 No.249

在宅ケア奮闘記 その59


開かずの扉の前で蚊の餌食になる

訪問リハビリ研究センター代表 西村久代

 ピンポン。ピンポン。ピンポン。日陰のない玄関先で太陽に刺されながらチャイムを押し続ける。今日も反応がない。少し間を空けてチャイムを押す。やはり反応がない。

 仕方がないから携帯で電話をかける。2階の方から電話の大きな呼び出し音が聞こえる。しまった、留守番電話になった。慌てて携帯電話を切る。また間を置いて玄関のチャイムを押す。出ない。

 仕方がないので携帯電話を再度かけた。2階で呼び出している。出た。

電話には出たものの・・・

 「はい。はい。はい。どなた様ですか?」
 「訪問リハビリマッサージの西村です」
 「はい。どちら様ですって?」
 「訪問リハビリの西村です」
 「…どちら様?」
 「西村です」
 「…聞こえにくいわ…」
 「ニ・シ・ム・ラ・です」
 「…何か言ってる…」
 「に・し・む・ら・でーす」
 「あらあら、先生ですか。開けますわ」

 毎回同じようなやり取りを繰り返すが、いつもなかなか玄関ドアのロックが解除されない。再び電話をする。

 「にしむらですが、玄関が開きません。開けてください」
 「…何か言ってる…」

蚊の餌食になる

 玄関から患者の部屋に行くまでに時間がかかりすぎる。その間に玄関先での植木に隠れている蚊の餌食となり、身が出ている所は蚊のキッチンルームになっている。

 この夏はいくら献血したのだろうか。そして夏が終わりの頃になると蚊の止血剤がますます濃くなったようで、プックリ腫れていつまでも痒くてしかたがない。この間ようやく虫除けスプレーを買った。この患者の家の前に着いてから撒いたら失礼になるので手前100メートル地点で振ることにした。車の中で防虫スプレーを撒くと狭い車内なので眼に入ったり鼻が痛くなったり、むせたりもした。しかしスプレーをしないで玄関先で待っている5分間、蚊と戦うダンスを続けるのは人目に付きやすく、挙動不振で職質されかねない。

 2階の患者の部屋に着く頃はどこか、スプレーのかかり漏れの個所が蚊に咬まれていてボリボリ掻きながら施術を始めるのだ。

膝を触るといつも反抗する

 「はい。ベッドに寝ましょう」と、ベッドに座っている患者に上を向いて寝るように促す。

 「どうするのでしたかいなぁ」
 「上を向いて、寝ましょう」
 「……」
 「上向き。寝ます」
 「はい。はい。はい」

 返事はするが、寝ようとしない。

 「上向いて、寝ますよ」
 「服を脱ぎましょうか?」
 「いいえ。そのままですよ」
 「はい。はい。はい」

 そんなやり取りのあと、施術を始めると――。

 「そこが痛いのですわ」

 関節拘縮を起こし曲がったままの膝を触ったときである。いつものように、決まり文句が出る。「また始まった」と思っていると――。

 「痛い。痛いって言ってまっしゃろが」

 膝の部位を触り出したら、急に施術に対して反抗的になる。しかし、動かさなければならない。

 「痛いでんがな」
 「そうですね」
 「だから痛いんですねん」
 「そうですね」

話し上手、世にはばかる

 毎回、同じことの繰り返しなのだが、この95歳の女性が可愛い。時に「この年になったら、いつ死んでもかまいませんねん。早よ、お迎えが来ーへんか、待ってますねん」。

 この間はやけにしんみりと、「娘がいるときに死のうと思っていますねん。誰もいないときに死んだら事件になったりして、大変らしいので誰かがいるときに死のうとしていますねん」。

 「…どうやって死のうとしているの」と問うと、「息を吸わんと人間死にますわなぁ。それでんがな。息を止めますねん。でも、なかなか死にませんねんわ」。

 次から次から話が出てきて面白い。若いときに亭主さんが浮気をして問い詰めたときの話も面白かった。テレビのドラマみたいな話を蕩々としてくれる。耳が悪いからこちらがゆっくりと話をしないと通じないが、聞いているだけでも面白い。じっくり聞きすぎてしまい、施術が終わったのにもかかわらず、帰れない時もある。

 こんなに話が上手な患者はまだまだこの世ではびこりそうである。ただ、2階のこの部屋に入るまでの時間が長すぎて困るのだが、何か解決方法があれば教えてほしい。

 秋になって蚊がいなくなれば落ち着いて待てるようになるのだろうか?

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