<今後の活動について>
南三陸町では紅葉が始まっていました。春と呼ぶにはあまりにも寒い3月から始まった活動も三つ目の季節を迎え、災プロの活動も終了に向かおうとしています。
HPおよび
ブログにも掲載しましたが、災プロは9月20日でボランティアの新規登録を終え、9月30日に未経験者の派遣を終了。同時に石巻の医師団(PCAT)への派遣も終了しました。
10月1日~31日は、これまでの登録者(経験者)により、南三陸町での活動を続けます。現在、10月15日以降(特に平日)の人員が不足しております。再参加していただける方、ぜひご協力ください。
さらに11月いっぱい、撤収に向けた活動を、後方支援および現地スタッフのみで行う予定です。完全撤収は12月初めとなります。
<被災地の現状>
撤収と言いましても、無論、被災地が落ち着いたわけではありません。宮城県では、10月5日現在で67カ所の避難所があり、910名の方が暮らしています。福島県にも10月5日現在で5つの避難所が残り、岩手県の避難所もつい先日の10月7日にやっと解消されたばかりです。
また、現地入りしている後方支援メンバーが9月29日の仮設住宅集会所での活動時、以下のような報告をツイッターにあげてくれました。
「半年以上経過した今なお、3.11当時の話を、(施術の)待ち時間に住民の方同士がしんみりと。涙する方をお見受けしたが、その悲痛な面持ちをただ黙って見守ることしか出来なかった」
仮設住宅が完成し、目に見える復興は進んでも、目に見えないこころの復興は、前進と後退を繰り返しながら、より長い時間を必要とします。このような場で、からだの痛みをとりながら、話にじっと耳を傾けることもできる鍼灸マッサージの需要は尽きることがありません。
現在は、災プロに限らず、熱意ある先生方によるいくつもの小さなチームが、東北各地へ繰り返し赴かれています。ここから先は、治療活動に限ることなく、それぞれが地元の方々と築かれた個人的な関係を大切にしていくことが肝要でしょう。
「仮設住宅ができ、被災者の方々を目にする機会も減り、マスコミも去ってしまうと孤立する方々が増えると思います」
5月に、名取市の鍼灸師の方から届いたこのような懸念に対し、外部から関わらせていただいた私たちには「忘れないこと」が求められていると思います。
<南三陸での活動>
さて、南三陸町では9月から、これまで通りの町役場での活動に加え、仮設住宅集会所での活動を開始しました。5月末から施術していた避難所の方々が移られた先の仮設住宅群のほか、6月から協働している、先の津波で治療院を流失された柔道整復師の方が、12月から営業を再開する予定地域の仮設住宅を共に周る、という内容です。
地元の社会福祉協議会や、所属する保健師さんと連携をとり、からだやこころの異常を報告をできる体制をとっています。すでに高血圧の方を医療機関へつないだ例や、PTSDの疑いのある方を報告した例があります。
南三陸町は鍼灸マッサージ、整骨院といった関連の店舗が、4カ月間活動する私たちの調べた限りでは現在2軒しかありません。その点で、活動の継続により地元の同業種を圧迫する可能性は非常に低くなっています。さらに医師も不足しているため、疾病の早期発見など、私たちの役割は必然的に大きくなっていると言ってよいでしょう。私たちの撤収後、たとえ規模は小さくとも、地元の方によって、仮設住宅の方々へのケアが継続される仕組みを構築することができれば、と考えています。
<支援の構図>
このように、地元の先生や、事務を担ってくださっている方と協働する現在の私たちの活動は、「被災者を支援する」というだけでなく、「被災地のために地元の方と共に働く」という構図になっています。「被災者」であったとしても、支援されることよりも支援することを、与えられることよりも与えることを、望むものかもしれません。「何か自分のできることを」という思いは、地元や外部の区別なく、共通した思いと言えるのではないでしょうか。
<キャラメルボックス>
災プロも後押ししてきたキャラメルボックスの公演が、10月7日の岩手県花巻市を皮切りに、10月13日の福島県いわき市まで、東北各地で連日行われています。宮城県では、災プロの活動地でもあった気仙沼市、塩竈市、南三陸町のほか、仙台でも公演がありました。会場確保や広報などのお手伝いをさせていただきました。
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