あんまり参考にはならないでしょうね。
『霊枢』五味篇では、五蔵が病んだときに、その五蔵に五行説で割り振られている味のものを食べるように言い、剋する関係にある味は禁じています。そして、五味の穀・果・畜・菜を列挙している。安易な五行説の応用に過ぎないけれど、効果をはかって修正しているかも知れないから、そこそこの価値はあっただろう。けれども、今となっては個々の商品の味が変わってしまったかも知れない。それにそもそも、桃は辛い、豚肉は塩からいと言うようなレベルです。自分の病は五蔵でいえば何の病だから、さてどの味を食べるべきかと悩むよりは、五味の表を睨んで、全部をバランス良く食べようとするほうがずっと望ましい。
『霊枢』五味論のほうは、これと違って、五味の科学的(?)性質を考えて、食べ過ぎればしかじかの病になる、と言うだけのことです。酸を食べ過ぎれば、小便の出が悪くなる。これは酸に収縮させる効能があって、筋肉が縮んで膀胱を圧迫してその出口を塞ぐからです。鹹(塩からい)を食べ過ぎれば、口が渇く。『素問』の蔵気法時論には、脾が湿にくるしんだら、苦を食べれば燥くと言っている。でも、多紀元堅は、「苦を食べれば」は「鹹を食べれば」の間違いだと言っています。苦のほうは、肺が気の上逆にくるしむときに、食べて泄させる条にもあるからです。辛を食べ過ぎれば、洞心となる。こころにポッカリあながあいたと言うような状態。辛に散ずる効能があるからです。苦を食べ過ぎれば、変嘔となる。これは蔵気法時論の、苦には泄の効能があるという話です。泄のはずだけど、下へ泄せなければ、上へ嘔吐する。甘を食べ過ぎれば、心煩となる。蔵気法時論には肝が急をくるしむときには甘を食べて緩めるというし、脾が緩を欲するときには甘を食すともある。緩めすぎると悶える。
『素問』蔵気法時論には、五蔵がなにかの状況にくるしむときには、五味のいずれかを食すといい、またなにかの状況を欲するときには、五味のいずれかを食すれば良いともいう。本来なら、くるしむ条と欲する条が、表裏を為していても良さそうなものなのに、そうはいきません。肝が急をくるしみ。酸を欲するときに、甘を食して緩め、辛を食して散ずる、というのがまあまあということでしょうか。表裏をなしていない五味から、別に法則をたてて複雑な理論を成立させられるのかどうか、そういう難しいことは分かりません。
昨今ブームの薬膳もこうした文献を参考にしているのだろうと思いますが、たまに薬膳を奮発するよりは、普段から季節の野菜を中心に、五味を満遍なく獲るほうがずっと良いと思う。そしてできれば、誰が作ったとも知れない冷凍物を買ってこないで、自分で刻んで、自分でこねて、自分で包む。
| ※ |
このコーナーでは、古典鍼灸医学に関する難問を募集します。応募された中から奇答に値すると神麹斎氏が判断した場合に限り、その難問を採用させていただきます。なお、採用された難問に対する奇答はこのコーナーで発表させていただきます。また、不採用となりました難問への回答はできかねますので、あらかじめご了承ください。「これは?」という難問をお待ちしていますので、奮ってご応募ください。
◎難問およびこの記事に対するご意見やご感想は≫≫ こちら
|