週刊あはきワールド

2011年11月16日号 No.257

在宅ケア奮闘記 その61


歩き出したら困る!
座るまでの訓練しかできない
寝たきりの認知症患者

訪問リハビリ研究センター代表 西村久代

 長期臥床で筋肉が萎縮し、各関節が拘縮し動くことができない、83歳の女性。初めて訪れた日、まずは彼女を観察する。両手が自分の顔を触れるくらいなら動かすことができる。私と会話をしようとするのだが、丸っきり意味が通じない。しかし一生懸命、私に話をしてくれる。端から見ていると上手に会話をしているように見えることだろう。

 彼女は右半側臥位で寝ていて、特に左の股関節が動かない。少し動かそうとすると、「痛い。止めて」。この言葉だけはハッキリと内容がわかる。全身のうち、非常に痛いところは左の股関節だとわかった。

先生はマッサージをしないのですか?

 まず、関節リラクゼーションテクニックで足の指から動かし、足関節、MP関節を動かし、そっと膝の角度を変えてみた。ずーっと意味不明な会話をしながらの施術である。何が言いたいのかを探り探り、言葉での反応を試みながら、どこまでの可動域かを感じながら施術を進める。

 股関節を変形徒手矯正術で動かしてみると、かろうじて左の股関節が動き出した。痛い顔もしていない。股関節の屈伸運動を行う。50回動かす。側で付きっきりで見ていた娘さん(私より年上)が、「あれ、動くのですね。こんなに足を動かしている風景を見たことがないです」

 現在は理学療法士が介護保険で週に3回来ている。しかし、本人が痛がって動かしようがなくなって、筋肉の血行促進を目的にマッサージ師を追加で入れるという考えで私が入ったようだ。

 「先生はマッサージをしないのですか?」

 「しますよ。マッサージ師ですから。でも動かない関節を動かした方が早く改善しますよ」と私。理学療法士がこの患者に何をしているのかに対して私は興味がなく、自分のするべきことに大いに関心があって、自分の技術の応用でいかに患者のADLを上げられるかが大切な私の課題である。

「座らせてもいい?」の言葉に戸惑う娘さん

 「座らせてもいい?」と娘さんに了解を促した。娘さんの目が大きく見開かれ私を見つめているが、言葉が出てこない。私の言語に戸惑っている。少し間を開けてもう一度「お母さんをベッドに座らせてもいいですか?」と大きな声で、発音も誤解せずに伝わるようにハッキリと言うとやっと口を開いた。

 「座らせるって言っても、どういうことかわかりませんが、どうぞ。何か手伝いましょうか?」と口をモゴモゴしている。

 「では、ベッドに座らせます」

 そう言うと「横を向くよ。足を曲げるよ。足を下ろすよ。座るよ」で、座らせる。本人も娘さんも「あわあわあわ」と言っていたがお構いなくベッドに座り、私は患者の横に座りしっかり患者の身体を座位保持し、おしゃべりを始めた。患者は何事もないようにおしゃべりし始めた。

 戸惑っているのは娘さんだけ。お母さんと初めて来たマッサージ師がベッドに仲良く腰かけて座って話をしている光景が不思議だったのであろう。

関節を動かせないPTさん、クビになる!

 私は週2回の依頼で入った。理学療法士が来ない日を担当するマッサージのつもりであったが、次の約束の日に行くと……。

 「先生、理学療法士さんとの契約を解除しましたので、週3回でよろしくお願いします」

 そう告げられ、勝手に週3回に変更された。

自分ひとりで座り、娘さんが「困るわ」

 あれから3カ月経った。座らせておしゃべりしているうち、時々会話が成立するようになってきた。ある日、大好きだったご主人の名前を私が口にしたとき、眼がマジになった。娘さんと私がドキッとしてしまった。一瞬目の色が変わり辺りを探した。流石に戸惑った。ご主人の話はしない方がいいと感じた。この人はご主人を愛し続けて、未だに探している。そんな感覚がわかる。愛する人を亡くした痛みがこの患者に残っている。

 一瞬の出来事だったが、「辛い」感覚がこの人の心を閉ざした原因のような気がした。認知でいる方がこの人は幸せなんだろうなと感じた。

 ベッドに座ったらタオルを渡して、「洗濯物をたたんでちょうだいね」と促すと両手で器用にキッチリと角を合わせてたたんでくれるようになった。そこまではよかったが、ある日、「時間だから寝ますよ」と言って寝かせたら、「イヤ」と言って自分で座ってしまった。

 それを見た娘さん。慌てて「困るわ」と言った。

寝たきりでいいです!

 以前、寝たきりになる前は徘徊があり、大変だったらしい。「自分で歩き出したら困ります。寝たきりでいいです」と言われてしまった。

 「わかりました。立つ練習は止めときましょう。座るまでの訓練に止めておきましょう」と意志を統一して施術をしている。

 彼女は、時々成立する会話が面白い。昔飼っていた小鳥の名前を言うと眼で探す。籠があった付近を必ず見て、可愛い優しい顔をしてくれる。

 「何歳になりました?」と聞くと、以前は40歳だったのが今は60歳ぐらいと答える。表情が以前と比べると明るくなり、訪問入浴時に怒らなくなったそうである。

 私が帰るとき、「ありがとう」と言ってくれることがある。「こちらこそ、ありがとうございました」と言うと、ニッコリとしてくれるようになった。

 衣服の着脱が楽にもなって来ているし、良い結果が出ている。風邪を引かないように注意を促しているこの頃である。

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