病証(3) 陽明の病
術伝(和方養生技術伝承塾) 金子芳幸
(1)基本的に
陽明の病は、体の前面におもな症状が出る病で、ツボが浅く、熱が高く、動きが速いことが特徴です。
邪気が顔や前頭部に突き上げる上衝をともなうことがおおく、陽性の精神症状が出やすくなります。
「高きに上がって歌い、衣を棄てて走らんと欲す」(『霊枢』経脈編)
『傷寒論』に「陽明之為病、胃家実也」とあるように、臍より上は実することがおおいので、上記のことがいえますが、陽明経が虚すこともあります。その場合には、『霊枢』経脈編に「一人戸を閉じ窓を塞いで居る」とあるように、陰性の精神症状が出やすくなります。というよりも、陽明経の病は「上が実し、下が虚す」と考えたほうがよく、その割合に応じて精神症状は変わってくるということでしょう。
代表例は、更年期障害、疳の虫、熱射病など。不眠のおおくは、太陽と陽明の合病です。
邪気を散らし下げることと、手早い刺鍼が大切で、腹の虚があれば補(おぎな)います。
(2)ツボが出やすいところやねらい目
まずは、手足の陽明経、とくに手の陽明の手首より先に引きやすいです。鍼では、合谷、母指・示指間の八邪。灸では、示指の骨空、指端、井穴。すこしずれて、母指の骨空、指端、井穴に出ることもあります。足三里の灸は、恒常的な上衝を下げる効果があり、養生の灸として有名です。
また、目の表面の病、歯や口のまわりの病など、鎖骨から上の前面の病は、手の陽明に引きやすいです。 梅雨明け直後の真夏の老人の譫語(せんご)も、合谷に引くと、そのとたんに口調がおだやかになり、顔の赤みも薄くなることがおおいです。「譫語」は、三省堂『大辞林』には「熱などのためにうわごとを言うこと。また、筋道のたたない言葉。たわごと。譫言。」とありますが、漢方では、「真夏の老人の譫語」は、梅雨明け直後の暑い日に、暑さが外邪となり、客気上逆し、頭、とくに前頭部を衝くことが原因で、下腹の虚した老人に起きやすいと聞きました。
乳痛、腹の表面のシコリなど、鎖骨から下の前面の病は、足の陽明に引きやすいです。
前頭部は、ツボにかかわらず熱いところを散鍼します。
下腹部の虚が原因、つまり、虚火上逆のこともおおいので、虚したツボをみつけて補(おぎな)います。
更年期障害では、腹のツボが横にずれて、骨盤の腹側の五枢~維道、骨盤の足側の居髎にツボが出ることがおおいです。また、その影響で、足の陰経の蠡溝、中封、照海などにもツボが出ます。腰痛や不眠をともなうときには、それらに関係するツボも出ます。
不眠は、陽明と太陽の合病で、言葉や腹の虚などが原因で生じた邪気が頭をつき、後頚部や肩が硬くて降りられず、頭のなかで堂々巡りしている状態がおおいです。頭の使い過ぎで真気が集まりすぎ、その真気が堂々巡りして降りなくても、不眠の原因となります。陽明の病のツボのほかでは、なんといっても、後頭骨下縁の天柱~風池がねらい目です。横頚部中央や肩井や肩甲骨まわりのツボも使って、後頚部や肩まわりをゆるめます。上腕の少陽~太陽や、手甲の4~5間などに引くのもよいです。
(3)手順
1.慢性期
合谷に引き鍼したあと、ツボを考慮して慢性期の養生の型の手順で刺鍼します。肩頚頭など、表位といわれる肩甲骨鎖骨から上をはじめとして、さわって熱いところには散鍼してから刺入します。必要に応じて、灸を加えます。その場合には、下腹や足に灸・灸頭鍼をしてから、手の指端の灸で終えます。
また、灸や灸頭鍼を中心としてもよいです。座位で、手の示指か母指の骨空ではじめ、うつ伏せ、あお向けの順で上から下に施術し、手の指端の灸で終えます。
陽明経の下のほうが虚している割合が高く、陰性の精神症状がでているときは、下腹や足の経絡を補うことにも力をいれます。
いちばん大事なことは、手早い刺鍼です。慢性期といってものんびり時間をかけて刺鍼するという感じではないです。刺入時間、施術時間ともに短くなるようにします。
2.急性期
合谷に強めに引き鍼したあと、前頭部の熱いところを散鍼し、また、手陽明経に引き鍼をするのが基本です。母指示指間の八邪や沢田流合谷で終えるのもよいです。慢性期以上に手早い刺鍼が大切になります。
灸の場合には、合谷のかわりに母指か示指の骨空ではじめ、指端で仕上げます。
肩こりなどをともなうときには、合谷の引き鍼のあと、肩こりのツボに刺鍼し、前頭部の熱いところを散鍼したあと手陽明に引き鍼をして仕上げます。
更年期障害では、合谷のあと、内関、足の陰陽、腰、肩、首の順に刺鍼し、前頭部に散鍼、手陽明に引き鍼して仕上げます。
不眠では、合谷のあと、天柱・風池を中心に後頚部・肩まわりを刺鍼し、仕上げに前頭部に散鍼してから手陽明に引き鍼します。
手技の場合には、手の示指や母指を反らせたり、井穴をつまんだり、指裏の横紋あたりを揉んだりすると効果が出やすいです。子供の疳の虫のときによく使います。繰り返すと、「指を出して」といっただけで治まることもあります。
(4)写真付き症例
陽明の病を講座で説明していたら、そういう感じの症状という人が出てきました。
まずは、診察。陽明の病の診察の目安になるのは、脈、舌、顔~鎖骨など。脈は、浮で数、手首よりの寸が実など(写真1)。舌先は赤いことがおおいです(写真2)。額なども熱いことがおおいですし(写真3)、鎖骨まわりは、下から突き上げるような感じを受けたり、熱かったりします(写真4)。

写真1 写真2 写真3

写真4 写真5 写真6
下腹の虚を補うためか、五枢~維道、居髎にもツボが出ていました(写真5)。
刺鍼は、まずは合谷から(写真6)。 そのあと手順どおりに、手の陰経~陽経、横腹の順でツボをさがし刺鍼。
五枢~維道、居髎に出ているツボに刺鍼(写真7、8)。そのあと、丹田あたりの虚しているところに刺鍼。虚を補うには、鍼をゆっくり大きく動かします。たとえば、撚鍼するときには、ゆっくり鍼柄を摩擦するような感じで撚鍼していくと、温まりやすいです(写真9)。押手で皮膚の温かさを感じたら、ゆっくり鍼を抜きます。

写真7 写真8 写真9
それから、足の陰経~陽経の順で刺鍼し、あお向けでの刺鍼をおえ、ゆっくり、うつ伏せになってもらいました。

写真10 写真11
不眠もあるということで、天柱~風池のあたりをしらべたら(写真10)、ツボが出ていたので、出ていたツボに刺鍼しました(写真11)。
それから、背~腰、脹脛などに出ていたツボに刺鍼し、うつ伏せでの刺鍼をおえ、座位になってもらいました。
座位になってもらったら、右利きなのに、左肩のほうが上がった状態でした。左の上衝が強いことと関係があるのかもしれません。肩、肩甲骨まわり、首などにツボをさがし刺鍼していったら(写真12、13、14)、左右変わらなくなりました。肩甲間部下半分にはツボは出ていなかったので、先回書いた心臓系との関係はうすいと思いました。

写真12 写真13 写真14

写真15 写真16
頭に散鍼し(写真15)、手甲に引き鍼して(写真16)、仕上げました。
(5)おわりに
長引いている病でも、ときどき陽明経に症状が出ることもあります。たとえば、 「
術伝流 養生の一本鍼~慢性疾患に効く長寿の鍼~ No.15 三叉神経痛の痛みが消えたら、声を出すと痛くなった」を参照してください。
こういう現象は、病が動く、つまり病態が大きく変化するときに見られることがおおいです。