| 2012年1月18日号 No.265 | |||||||||||||
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【新連載】ワケあり治療家が語る その1 私が鍼を刺さずに治療するようになった理由~森本式鍉鍼誕生秘話~森本繁太郎 仮令それがいかにちっぽけな事であっても、自分の成功体験らしきものを語るようになれば、それ自身が「もうそろそろあなたの時代も終焉を迎えているんですよ」という印になるわけなのですが、この世の置き土産のつもりで少し書かせていただくことにいたしましょう。
自分で言うのも変ですが、私はこれでも学生時代には毫鍼の名人だったんですよ。正確を記すれば、刺すことだけならば名人だったと言うべきかも知れませんね。少々硬い部分でも平気で突き破ることもできましたし、深い所への刺鍼も難なくできました。浅く刺すことも皮下に沿って刺入することも難しい作業ではありませんでしたし、細い鍼でも太い針でも、短い鍼でも長い鍼でも、金鍼でもステンレス鍼でも問題はありませんでした。ただし、毫鍼で自分や、ましてや患者さんを治せなかったという意味では、立派なへぼ鍼師なのでしょうね。 森本式鍉鍼って何?まずは、森本式鍉鍼とは何ぞやから参りましょうかね。![]() 森本式鍉鍼 その後いろいろな先生方が、ご自分の好みで太さや長さ、それに材質にも工夫を加えていらっしゃるようですが、形状はおおよそオリジナルを踏襲していただいているようです。現在の所、金、銀、銅、亜鉛等がありますが、今後材質にも工夫を凝らすかも知れません。 なぜこのような形にしたかということですが、鍉鍼に段差をつけることによって、気の流れが太い側から細い側へと集約されつつ流れれば良いなーと考えました。加えて、粒がないことにより拡散や減衰を避けながら、気を穴所に向かって発することができれば嬉しいなーとも考えました。また、押手のしやすさにも考慮しました。つまりは、毫鍼と同じように自在に気の操作ができるような治療道具をと考えたわけです。 それからなぜ銅という材質を選んだかですが、銅は安価です。金ほどでないにしろ体に優しい金属です。ただし、純銅では柔らかすぎて曲がってしまいます。そこで純銅に圧をかけた物で作っていただいております。 ところで、この森本式鍉鍼ですが、当初は自分の治療室で使うためだけに作ったものでした。したがって、世の中に向かってご披露するようなつもりは、毛ほどもありませんでした。ましてや今回のように、それにまつわる秘話など書こうなんて気はさらさらなかったことを、このあたりで一応お断りしておきましょう。 しかし、人の口に戸は立てられないもので、いつしか口から口へ、耳から耳へと伝わってしまいました。挙句の果てには、私に代わって三重県の岸田美由紀先生には、森本式鍉鍼を基本にした治療の本(『刺さないハリ ていしん入門 森本式鍉鍼を使った治療』)までお書きいただく羽目になり、私としては大変恐縮しているところであります。 なお、鍉鍼と言えども所詮、鍼灸の道具でしかありません。もしご興味を持たれた方がいらっしゃったとしても、道具に対して決して多大な期待はなさらないことが、大切だということだけは強調しておきましょう。あくまでも、それを使いこなしてこその鍉鍼治療家なのですから。 なぜ鍼を刺さずに治療するようになったのか?では次に本題に移りますが、鍉鍼のみの治療にどうして切り替えたのかですね。1.毫鍼を買うお金にも四苦八苦 鍉鍼に対しての確たる志など、その頃の私にはこれっぽっちもありませんでした。あったのは貧困のみです。毫鍼を購入するお金がありませんでした。現在もそれほどは変わっていませんが、今から30年前の私の経済状態と言えば、聞くも涙、語るも涙の物語で、おまけに治療室も「こんな所、よく維持しているなー」と友達の何人かが口を揃えて言ったほどの患者さんの来院しない場所であり、それに大家さんには申し訳ないのですが、いかにもみすぼらしさを醸し出しているような雰囲気のする借家でした。 2.消毒に神経を使わなくても良い道具を ![]() 鍉鍼治療をする森本繁太郎氏 (『DVDで学ぶ 刺さないハリ ていしん 入門 森本式鍉鍼を使った治療』より) 前にも書きましたが、その頃の私の経済状態と申せば、毫鍼を購入する費用の捻出にも苦慮していたというのが正直なところでしたので、ここは1本あれば長く使え、消毒にもそれほどの気を使わなくても良い鍉鍼への切り替え時が到来したと考え、清水の舞台から飛び降りる気持ちでエイヤーと決断したわけです。 また、毫鍼で患者さんから患者さんへ感染させる前に、自分の指にでもその鍼を間違って刺してしまえば、もしかすると自分に感染する可能性があるのではないかとの危惧もありました。 3.完璧な無痛鍼を求めて 鍼灸業を営んでいらっしゃる先生方にお尋ねしたいのですが、ご自分の体にご自分で治療されて、「こりゃー心地が良いわい、やはり自分の治療は上手だわい」と思っていらっしゃる方は何人ぐらいいらっしゃるでしょうかね? 当然、技術的な問題はあったのでしょうが、自分の体に毫鍼を刺しても痛い割には楽になるような気がしませんでしたし、己が楽にならない方法を患者さんに提供したり、治療代を頂くことに対してずいぶん抵抗がありました。 その上、いくら「無痛鍼」と掲げていても、毫鍼による完璧な無痛鍼を行うことは私にとってはとても疲れる作業でした。その折、追い詰められて考えて、悩んで迷ってたどり着いたものが鍉鍼だったということです。 4.刺さないのに治せた経験が後押しを それから遡ること10年前、今から40年ほど昔の話になりますが、私はとある整形外科の物療室に勤めておりました。当事の整形外科と申せば「むち打ち症」大流行りの時代でありましたので、それに伴って頚肩腕の症状を訴える患者で待合室は溢れ返っておりました。 首の牽引・マイクロ波・ホットパック・マッサージ、というような4点セットの治療を行っても全く治らない患者がいました。その人の名前はK.M.さんという38歳の女性でした。医者も困り果てたのでしょう。「森本君よ、K.M.さんに鍼をしてくれないか?」との指示がありました。 「すまじきものは宮仕え」の身ですから、それまで病院で鍼などやったことがありませんでしたが、免許も持っていることだし、トライすることにしました。ただ、事故だけは避けなければと考え、毫鍼を使うには使ったのですが、患部に接触させるだけの手技をおっかなびっくり行いました。 こちらとしては駄目でもともとと考えていたのですが、次の瞬間K.M.さんがこの私、そうですこの若造に向かって「先生、痛さが取れました。楽になりました。嬉しい!」なんてことをのたまったではありませんか。 その折「鍼って案外効くんやなーっ」と大阪弁で思ったことを覚えております。 5.手柄よりもクレームの少ない治療室を 私はあまりリスクを取りたくない治療家、基本的には腰抜け治療家なのでしょうかね。患者さんからのクレームというやつがあまり好きではない種類の人間です。えっ、皆様もそうでしたか。 折鍼や感染まで行かなくても、クレームというやつはあるもので、内出血をさせられたとか、治療前よりも痛くなったとか、発熱しただとか、色々あります。 そんな折、鍉鍼は安全で、衛生面から見ても理想的な道具だと考えました。刺入ができませんから、折鍼事故を心配する必要がありません。また肝炎やエイズなどの感染症の心配もありませんし、アトピー性皮膚炎や蕁麻疹等で毫鍼を使いにくい場合にも、用意に施術することができます。また、ドーゼにもそれほど気を使わずに使用できます。 神経質な患者さんの中には、「鍉鍼を換えてください」や「私だけの鍉鍼でお願いします」等の要望があることもありますが、これも想定の範囲内です。 6.「ここは鍼もせずに金だけを取る」と言う噂 最初の頃には色々と壁はありました。何せ鍼灸院の鍼は毫鍼だというのが通り相場ですから、看板に吸い寄せられてやってきた患者さんには、今までの鍼灸院で受けた感覚とは異質なものがあるわけです。 まあ当然と言えば当然のことなのですが、患者さんにしてみれば、体のあちらこちらを触ってもらっただけで「今日はこれで終わりです」なんて言葉を聞けば驚くしかなかったのでしょう。また、ある患者さんは、「先生、今日は診察だけなんですよね。治療は次回からしていただけるんでしょうか?」と言う人もいました。私が「いえいえ診察も治療も済みましたよ。今日はこれで終わりです。」と言いますと、腑に落ちなさそうな様子で帰って行かれる方も結構いらっしゃいました。 近くの飲食店で、「あそこの『はり院』は治療もせずに金だけ取るらしい」との噂が立っていたと、それから間もなくのこと患者さんに聞かされました。今ならば笑って通り過ぎることのできる程度のことなのですが、当事は結構心にガツンと来るような話であったことは確かです。 7.鍉鍼による治療は名人か詐欺師か 異質なことをする限り、そこにはそれなりの覚悟が必要です。冷たい世間に少しがっかりしながらも、私は一人鍉鍼治療の道を歩み続けたのでありました。 すると、捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもので、ぼつぼつではありましたが、痛くない鍼へのファンが増えてきました。それに伴い、この私も多少は強気になり始め、「この鍼も効けば名人だし、効かなければ詐欺師みたいなものですよね。」といつしか開き直れるようになりました。 開き直りますと、また支持者も増え、「ここの鍼は他とは違うからね」とまで言ってくれる人が多くなりました。逆手を取って希少価値をセールスポイントにと考え始めたのもこの頃からです。 8.痛かったら50万円を 今はそう言う患者さんもいなくなりましたが、当事は来院される患者さんの側にも、ある意味カルチャーショック的な空気があったようで、その患者さんと知人との間で「50万円を」という話が持ち上がりました。 つまり、知人の方は鍼灸の経験が多く、「痛くない鍼なんて聞いたことも見たことも、ましてや経験したこともない。絶対それは嘘だ」と言い張られました。それに対して、私の鍉鍼治療を何度も受けている患者さんが「よし分かった、痛かったら50万円を出そう。」ということになりました。 そして知人の方が治療に来られ、「本当に痛くないんですね、実はこうこうだったんですよ」と、私も裏の事情を知ることになりました。そこで私はすかさず、「痛い鍼をして、あなたが50万円をもらって、それを二人で山分けしませんか?」と提案まではしたのですが……。 あっ、そうそう、鍉鍼治療に全面的に切り替えた後の話ですが、「先生、今日の鍼は痛いですね」との予期せぬコメントをいただいたことがありました。「ええっ、どうして?」と動転してしまいましたが、実は、私が自分の手指の爪の手入れを怠っていて、爪がささくれ立っていることに気が付かずに治療をしていただけのことだったのです。それがどうも患者さんの皮膚に当たってちくちくしたようなのです。したがって、無痛鍼の伝説は今なお継続中なのであります。 9.毫鍼と鍉鍼の効果の差は 当事は、現在以上に鍼灸治療においては毫鍼が主で、鍉鍼はおまけ的な位置にありました。したがって、私も「たぶん鍉鍼の効き目はそれほどでもないのだろうなー」と思い込んでおりました。 ところが、ある講習会で講師が毫鍼で治療をされた後、鍉鍼で「これは艶出しです。」と言われながらされた結果を観察しましたところ、どう見ても毫鍼よりも鍉鍼の方が上手く行ったようにしか思えませんでした。 それからは毎日この疑問への追究が始まりました。そうして得た結果、毫鍼と鍉鍼との優劣はないということを知りました。もし優劣があるとするならば、それは治療家側に原因、例えば技術的なことや、思い込み等々があることでしょうか。 10.気の調整なるものへの憧れ 詳細は三重県の岸田美由紀先生が書かれた『刺さない鍼 ていしん入門 森本式鍉鍼を使った治療』をお読みいただくとして、私自身、古典鍼灸治療は気が調整できれば、相当なレベルの治療家になれるのではないかと考えています。したがって、日々精進しているところです。 11.今日が駄目でも明日があるさ 確かに毫鍼ほどの瞬発力は鍉鍼にはないかも知れません。しかし、手技プラス「選経・選穴論」を多投すれば、今日の感動は患者さんには与えられない場合でも、明日には必ず好結果が現れます。その面白さに魅せられて、今日も鍉鍼のみでの治療を続けている私です。 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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