週刊あはきワールドへようこそ! 2012年1月25日号 No.266

■随筆

3.11で方向転換を余儀なくされた私の鍼灸人生

~東京を脱出して常に鍼と灸を持ち続ける日々を送る~ 

攻下派 藤原航太鍼灸院 藤原航太

3.11の私

 2011年3月11日は、私にとっても大きな転機となった日であった。あの頃は、数年前に鍼灸院を構えるために借りた、東京都練馬区の借家を改造して意気込んでいた時期でもあった。

 あの日、私は新宿の高層ビルで働いていた。激しい揺れでホワイトボードが移動し、ファイル類はデスクから落下、壁に亀裂が入った。その時点で皆、非常階段から一気に駆け下りて避難した。

 外に出て見えたのは、大きく揺れるビル群。ビルが振り子のように大きくしなり、本当に倒れてしまうのではないかと、恐怖に慄きながら、近くの中学校に避難した。

 電話がなかなかつながらない。ようやくメールが使えるようになり、すぐに1歳の娘と一緒にいる妻へ連絡した。家から電車で2駅離れたスーパーにいたようだ。道路が混むだろうから、即刻タクシーなり何なりにベビーカーを積んで帰るように促した。

 電車が動かなかったため、私は18時に会社を出たものの、帰宅難民と化した。ただ幸いにも自宅までは歩ける距離であったため、歩いて帰ることにした。結局、帰宅したのは22時を回っていた。

近所の避難所で鍼灸ボランティアをしながら考えたこと

 翌日、朝7時に出社。すべてのラインが途切れ、仕事ができない状態だった。手元のPCで、地震の被害を窺う。

 これは鍼灸どころではない。ただ、私には鍼灸しかない。鍼灸で助けられることはないかと、数日模索していた。友人は被災地にボランティアに行き施術をしていたが、私は仕事も家族もあり、現地には向かえなかった。申し訳ない気持ちで一杯だった。

 その後、練馬区にある近所の体育館が、被災者の避難所として開放され、1000人ほどの受け入れを開始した。私は、一目散に手書きのチラシを作り、体育館に向かった。「無料で鍼灸します。揉みます」と。中の様子が見えた。悔しいほどの現実がそこにはあった。

 地震と原発の爆発により、家を離れなければならない人たちの表情を、私は直視できなかった。どんな気持ちで避難所にいるのかは、被害を受けていない私にはわからない。私には、帰る家もあるし、家族も元気で過ごしている。私は笑顔を見せることができず、チラシを受付の人に渡し、後にした。

 その後は、依頼があればできることは精一杯行った。自分がどれだけ無力な人間かというのを噛み締めながら精一杯の気持ちで治療をするしかなかった。面識のないドクターが私を怪訝そうな目で見ていようが気にしていられなかった。

 まだまだ知識も技術もヒヨッコのヒヨッコができることと言ったら、精一杯気持ちをぶつけて治療するしかできないのだ。理論や理屈なんて後回しであった。

 8月頃であったか、避難所の人たちが撤退し、体育館も閉鎖となった時に電話で連絡があった。仕事中であったため、留守番電話に吹き込まれていた内容は、被災者の感謝の声であった。正直、名前も顔も記憶がない。カルテなんて取らなかったし、まともに私は顔を見られなかったからだ。

放射能で東京脱出を決意

 その後、せっかく探した物件を2年足らずで手放すのはもったいなかったが、私は東京を離れる決意をした。東京に住み始めて7年が過ぎようとしていた。田舎者の私にとっては、東京という場所はいるだけでモチベーションが上がる地であった。

 ネクタイを締め、革靴を履き、満員電車に揺られて、人の波に飲まれながら仕事場に向かうのも快感であった。この東京で結婚し、子供ができ、鍼灸院を開業し、これからが私にとっての大きなスタートとなるところであった。

 しかしながら、現実は難しかった。時間が経てば経つほどに明るみになる放射能汚染が、小さな娘をもつ私にとっては心配で仕方なかった。

 幸い、私の地元である青森県深浦町という場所は、放射能の影響の少ない地であったため、引越しを決意した。家族が幸せでなければ鍼灸もできないと思った。

 お世話になった方たちへ挨拶を済ませた。お別れの飲み会も何度も開催していただいた。

日々、鍼と灸に生きる

 9月に地元に帰り、11月から地元で鍼灸院を開業した。この町は、人口が1万人にも満たない小さな町だ。詳しくは知らないが、周辺には鍼灸院が存在しないようで、来院する患者の9割は、鍼灸を受けたことがないという人たちだ。東京の患者とは明らかに違う。症状が深く、重い。どれだけ身体にムチを打って堪えて生活をしていたのかが垣間見られる。

 私はどこまで鍼と灸で戦えるのかわからない。だが、私を信じて来院してくれる患者に対して、失礼な結果を残すわけにはいかない。

 私の心には、常に避難所で培われた気持ちが宿っている。今は毎日が鍼と灸だけ。私にとっての生活のすべてが、この田舎町に戻ってきたおかげで、鍼と灸のみに染まっている。東京を離れたことに後悔していないと言えば嘘にはなるが、家族とも幸せな日々を送っているし、鍼と灸に集中できる毎日というのも悪いものではないということを今は実感している。これからが本当の勝負だと言えるだろう。

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