週刊あはきワールドへようこそ! 2012年2月1日号 No.267

難問奇答集  其の七十九


「心に虚無し」はウソかマコトか

〈奇答師〉神麹斎

【難問】  

経絡治療の世界では「心に虚無し」ということを言い、心虚証は成立しないと言われているようですが、これはどうなんでしょう。

【奇答】
 一番簡単に言えば、「心に虚無し」はウソです、『素問』『霊枢』にだって、心が虚したときにはという記事はあるはずです。経絡治療の世界でどう言われているかなんて知ったことではありません。おしまい。

 と、言ったんではいかになんでも愛想がなさすぎるんで、ちょっとだけ。まず『霊枢』本神篇に「心は脈を蔵し、脈は神を舎す、心気が虚せば悲しみ、実すれば笑って休まない」とあります。『素問』蔵気法時論には「心が軟を欲すれば、急に鹹を食してこれを軟にする、鹹を用いて補い、甘を用いて写す」とあります。補えと言うんですから、虚しているんでしょう。篇末にも「心病で、……虚していれば胸腹が大きく、脇下から腰へ引いて痛む」とあります。もっとも「その経、少陰と太陽、舌下の血を取る」と言いますが、続けて「その変病は委中の血を刺す」とも言ってます。ひょっとすると、手の少陰と太陽ではなくて、足の少陰と太陽かも知れない。足の少陰だって、『霊枢』経脈篇では心を絡うし、舌下とも大いに関わっている。

 「心に虚無し」じゃなくて「手少陰の脈独り腧無し」は、『霊枢』の邪客篇にありますね。でも、楊上善もすでに「心が脆ければよく消癉を病むし、第一、『明堂』には手の少陰の輸穴が列挙されている」という意味のことを言っています。

 なんでそんなことになったのか。たぶん、手の陰経脈を二条から三条に増やした際の歪みでしょう。支障なく循環させるには経脈は十二条あったほうが都合が良い。そこで馬王堆の灸経では十一条だったのを十二条に増やした。つまり、手の陰経脈が二条から三条になった。増えたのは名前では手の厥陰(あるいは心主手厥陰心包絡之脈)だけど、実質的には今われわれが手の少陰経脈と呼ぶほう、つまり心経でしょう。だから、『霊枢』本輸篇には心の本輸もあって、今の手の厥陰の脈上にある。もう一条増やしたのは良いけれど、そこに配置する輸穴の情報の蓄積はなかった。だから「手少陰の脈独り腧無し」というわけ。(『明堂』というか、現存する書物では『甲乙』にはありますよ。補充して辻褄を合わせたんですから。)大むかし、二条しかなかった時には、太陰と少陰という名前です。当たり前でしょう。そうでないと言葉として釣り合わない。本来の少陰には、何度も言いますが、当然ながら輸穴はあった。

 さて、経絡治療の世界では心虚証は成立しないそうですが、本当ですか。今の手の少陰経を用いるべき証はない、という意味じゃないですか。もともとなかったんだから、古典の伝統に忠実であろうとすれば用いようがない。手足の厥陰経を併用すべき症状はきっとある。(手の厥陰経は、本来は手の少陰と呼ぶべきものだった。)母である木の足の厥陰経脈と、子である火の手の厥陰経脈と取る。それってつまり心虚証なんでしょう。無理矢理に心包虚証だなんて言い換えるのは、「心は王様だ、偉いんだ」という呪縛に囚われてるだけです。もっとも、大むかしからの伝統ある呪縛でしょうがね。

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