強靭なアスリートは
通常の理学検査では痛みの原因解明が困難な場合がある
典型的なスポーツ障害の例として、日常生活には支障がないが、そのスポーツを行うと痛みが出るというものがある。基礎的な体力がある選手の場合、大きな負荷、もしくは長時間の負荷をかけなければ、患部以外の筋力が、動作を代償して行ってしまい、日常生活は問題なく行うことができる。
私が出会った40代前半のトライアスロンの選手も、この典型的な例であった。彼女はトライアスロン以外にも2度もドーバー海峡を泳いで横断している強者である。彼女の症状は、膝の痛みである。しかも、20㎞走った後ぐらいから、痛み出すという厄介な症状である。なぜ厄介かというと、20㎞は問題なく走れる体を持っているので、通常の理学検査では、痛みの原因を見つけることが困難と思われたからである。
原因はニーインだったが、回内足ではなかった
予想通り、通常の膝関節周りの理学検査では、痛みの原因を見つけることができなかったので、スポーツ選手用の負荷の高い片足スクワットの検査を行ってみた(図1・図2:正しいフォーム、図3:誤ったフォーム)。片足スクワットはバランスを取りながら筋力も必要とする少し難しい強度の高い検査である。この検査の結果、この選手は患側でスクワットを行うときに膝が内側に入るにニーイン傾向になることがわかった。

図1 図2

図3
膝が内側に入ると下肢3関節の運動連鎖(キネティックチェーン)が乱れ、力がうまく伝わらない。また、そのうまく伝わらなかった力が膝関節に負担をかけ、障害の原因となってしまう。
ニーインしてしまう原因には、アーチのつぶれた回内足がある。体重がかかったときに、足が回内すると、その動きにつられて、膝も内側に入ってきてしまう。しかし、もし回内足であったら、20kmもの距離を痛みなく走ることはできないであろうから、この可能性は低いと考えられる。実際にこの選手は回内足ではなかった。
回内足でなければ、原因は中殿筋の弱化か?
次に考えられるニーインの原因は股関節外側に位置し、股関節を外転させる働きのある中殿筋の弱化である。中殿筋は直立2足歩行を行う人間にとっては、大きな意味を持つ筋肉である。なぜなら、中殿筋が弱化すると、片足でまっすぐ立つことが困難となる。中殿筋というと股関節を外転する筋肉と思われがちであるが、実際には片足立位で股関節が内転しないように、遠心性に収縮する場合が多い。これは、歩行時にも、上半身を安定させるという大きな意味を持ち、トレンデレンブルグ徴候陽性ではなくても、不自然な体の使い方を招き、各関節に負担をかけてしまう。
この選手の場合は、もちろんそれほど大きな弱化は起きていなかったが、片足スクワットという困難なテストを行うと明らかな弱化が見られた。中殿筋の中でも後部の中殿筋の弱化が臨床的には大切である。前部中殿筋の弱化は、大腿筋膜張筋や小殿筋が同じような作用を持っているため、問題となることは少ないからである。問題になるとすると、弱化というより硬化の方である。
原因が解明し、リハビリエクササイズで膝の痛みが消えた!
後部中殿筋の機能低下を確認するために、側臥位で股関節を外転するテストを行った(図4、図5)。このテストは、正しく行えば、そのままリハビリエクササイズにもなる。正しくというのは、よく誤ったフォームでテストが行われることがあるからである。よくある間違ったフォームは、股関節を屈曲しながら外転してしまうフォームである(図6)。この動作は、大腿筋膜張筋や小殿筋が外転動作を行ってしまうので、中殿筋の弱化を見逃してしまう。そのため、このテストを行うときには、本人が少し股関節を伸展していると感じるくらいで外転動作を行うことが重要である。

図4 図5

図6
なお、このように四肢の障害の筋力や柔軟性のテストを行うときには、左右差を比べることも重要なことの一つである。左右差こそが患側と健側を分けるポイントである。

図7 図8
この選手は、このテストでも中殿筋の弱化が見られたため、側臥位での股関節外転エクササイズとその姿勢で膝を屈曲させ回旋させるエクササイズも同時に指導した(図7、図8)。こうすることで、後部中殿筋と大殿筋を同時に強化することができる。さらに、ゴムバンドを引きながら横に歩くエクササイズも行い(図9、図10、図11)、足が地面についた機能的な姿勢でのトレーニングとした。

図9 図10

図11
約1カ月後に彼女にあったときに、「あの痛みが嘘のように消えた!」とのコメントを残してくれた。