週刊あはきワールド 2017年4月19日号 No.518

カラダの欲求と操体の私的解釈 第17回

橋本敬三が残した課題(12)

~操体式心理療法を模索する その3~

 大隈博英 


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身体は心の入れ物

 正確に言うと、私には師匠はいない。患者一人、一人が師匠であり、大自然の法則が師匠であった。と言えば、なんともかっこの良い響きがあるかもしれないが、それはもう失敗の連続から、なんとか観察と実験の繰り返しを重ねて、ほんの少し何かを掴みかけたと思えば、また元の木阿弥ということを繰り返してきたというだけである。そんな試行錯誤の中でも、同業の先輩からいくつか素晴らしい助言をいただいたことはあった。

 その中で特に印象が残っているのは、

「身体は心の入れ物にすぎんよ」

という言葉であった。東洋医学は心身一如であるはずである。しかし、これでは明らかに心が身体を支配している関係にある。

 そして、私は衝撃的な臨床経験をいくつかしている。ほんのわずかではあるが、連載開始当時から、連載中どこかでどうしても紹介しておきたいと思っていた、特異なエピソードを前回、個人情報の観点からギリギリの範囲で少しだけご紹介した。

 それはひとえに、人間の持っている無意識のものすごい力、危険性を伝えておきたかったからである。ユングは無意識の探求の危険性も警告している。何せ、ユング自身が一時、統合失調症のような状態に陥ったくらいだからである。

 本連載の手法を本当に実践できた場合、明らかに世界は変わるだろう。これは大げさではない。しかし、それには大きな危険性も伴っているということも心してほしいことである。

 それでは、それを踏まえて、いよいよ想の操体法の具体的な手法に言及していきたい。

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