週刊あはきワールド 2015年1月7日号 No.408

随想

Subcultural Acupuncture(その1)

~長崎を想う~

Body & Soul 箕輪政博 


1.想定

 2014年9月、日本政府は長崎県の歴史的な教会群をユネスコ世界文化遺産へ推薦すると決定した。江戸時代から脈々と続くキリシタン文化が多くの障壁を乗り越え日本文化として認められ、その暁に我が国の誇る文化遺産として世界発信することになったのだ。キリシタン文化を堅持し続けてきた人々に敬意を表したい。


図1
シーボルト記念館の入館券に描かれた
シーボルト画像(エドアルト・キヨソネ作)
 長崎といえば、何を思い浮かべるだろう? カステラ、チャンポンそして原爆。もちろん、それらは長崎の文化の象徴といえそうだ。一般的な答えはまだある。歴史的には軍艦島や坂本龍馬と亀山社中、昨今ではハウステンボスに佐世保バーガー、さらに長崎は今日も雨だった。いずれにしても、他県よりも文化的象徴が多い気がするし、それが、長崎の歴史的な異人文化および日本文明発展の起点という特色を表現していると思う。

 鎖国の延長にある蘭学の浸透とともに、ドイツ人医師であり出島の商館医であったフィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(図1)らの奮闘による日本の西洋医学の事始めがそこにはあり、それが中国医学を基にした江戸時代の日本鍼灸に転機を与え、石坂宗哲という特異な鍼灸医を生み、シーボルト(いや出島と言ってもいいかもしれない)を通じて日本の鍼灸を西洋へ紹介するという日本鍼灸史の1ページを作ることにもなった。

 長崎と日本鍼灸に想いを巡らす。
 

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