週刊あはきワールド 2015年4月1日号 No.420

■インタビュー なぜあはき師になったのか  File 2-1:小野田茂師

スペインに渡った日本人指圧師(その1)

~なぜ海を渡り、スペインで指圧をするようになったのか~

 【聞き手】あはきワールド編集人 


小野田茂(おのだ・しげる)

  日本指圧専門学校25期卒業。1984年指圧普及のため、スペイン、マドリードに渡西、指圧治療院開設。1990年スペイン指圧協会を立ち上げ、会長に就任。1994年、スペインにて日西指圧学院(マドリード)開設。2000年、日西指圧学院(マラガ)開設。2002年、ヨーロッパ指圧浪越を立ち上げ、代表に就任。2011年、日西指圧学院(バルセロナ)開設。2012年、第16回国際指圧大会をマドリードにて開催。日本、スペイン、ポルトガル、オランダ、南米向けに計16冊の指圧テキストを執筆出版。浪越指圧を世界に普及する傍ら、独自のスタイル、阿是指圧を確立して、主に背骨の疾患をメーンに治療およびSHIATSUプラクター(指圧治療師)の養成に日々を送る。
 
―― 今日はスペインへ渡った日本人指圧師にお話を伺えるということで、とても楽しみです。よろしくお願いします。

小野田私も何を聞かれるか、ワクワクしています。よろしくお願いします。

指圧師になったきっかけは環境+偶然
…決め手はスペインで出合った1冊の本だった!

―― まず最初に、小野田さんが指圧師になったきっかけは何だったんですか?


小野田茂氏
小野田ひとつは環境そしてひとつは偶然にあります。親父、じいちゃんとお灸や鍼が好きで、子供のころから何かわけのわからない人達が家に出入りしていたのを子供がてらに覚えています。そんな環境に育っていたので、指圧、按摩、鍼などの東洋医学が私の生まれ育った環境ではごくごく手の届く日常の出来事だったということです。

 指圧やマッサージを受けたい人は、ごく当たり前に治療院に来てくれますが、サラリーマンなどの家庭で、家族に施療してもらった経験がある人がいなければ、よっぽど縁がないと一生この世界とは無縁になりますからね。

 また、わたしは学生のときに運動をしていたので腰痛や捻挫などのときはよく鍼、指圧を受けていました。身近の存在だったみたいです。

―― 環境は大きいですよね。身近に指圧があったことが将来の進路を決めるにあたっての決め手になったわけですね。

小野田確かに、それは遠因ではあるのですが、指圧師を志す直接的な決め手というわけではないです。このあと、ドラマがあったのです。

―― ドラマですか?

小野田学生生活が終わり就職しなければならない時期に自分の歩む道がわからずに悶々としていたころ、スペインのバルセロナに遊学する機会ができて遊び半分、語学をマスターすること半分で、1年半ほど滞在しました。自分の道を見つけるというまさにその時期にバルセロナにいました。

―― スペインとの縁はてっきり最初から「指圧」が関係しているのかな、と思い込んでいましたが、始まりは遊学だったんですね。

小野田そうなんですが、このあと、スペインの地で運命的な「指圧」との出会いが待っていたのです。
 

(続きはログイン・ご購読後にお読みいただけます)

この記事の続きをお読みいただくためには、週刊『あはきワールド』(有料コンテンツ)のご購読手続きが必要です。

ご購読の申し込み ログイン(ご購読済みの方はこちら)




トップページにもどる