週刊あはきワールド 2015年5月20日号 No.426

〈黄帝と老子〉雑観 第17回(完)

『黄帝内経』は理想の医学と政治を語る

安藤昌益が予感させる日本医学の未来の種子

『黄帝内経』研究家 松田博公 


 
 現存の『素問』『霊枢』(以下、便宜的に『黄帝内経』と総称する)には、天人合一観、循環する気の思想、天地人三層構造論、陰陽論、五行論など、大きな思想的枠組みが幾層もの屋根や壁をなしている。そして、それらを支える柱の役割を果たしているのが「数」である。だから、『黄帝内経』を理解しようとするなら、それがいかに呪術的で偏執的に見えようとも、「数」を無視したり読み飛ばしたりするわけにはいかない。それらは、天地宇宙の万物の繋がりを証明する最強のツールとして使われているのだからである。

 つまり、五蔵六府は天六地五の天数を引き継ぎ、十二の音律と1年十二月、大地の十二河川は、十二経脈を根拠付け、1年三百六十日、三百六十五日は経穴の数に等しく、三部九候と九鍼、九野は連なり、二十八宿星座は二十八脈に映し出される。また、生命は五で表される土によって養われるとする周易の五行生成数に言及する『素問』金匱真言論篇などもある。それらが相互に絡み合って天地と人体のホリスティックな構造を強調するのである。

 『黄帝内経』が採用している数術は、戦国時代や前漢、後漢のどこかにのみ起源を求められるものではない。天道思想や天人合一観、循環する気の思想、天地人三層構造論陰陽論、陰陽論、五行論なども元はといえば、新石器時代、殷代、周代に源をたどれるが、戦国時代にいったん黄老思想のるつぼでせき止められ、そこで成熟したものが『黄帝内経』に注ぎ込んだという見通しを本連載では立ててみた。しかし、数術については、『黄帝四経』に数術意識が乏しいことからも、黄老思想と特に緊密なかかわりを持つとは思えず、遙か新石器時代の意識形態が、黄老思想とは別の回路を採って数術を構成してきたようにみえる。『黄帝内経』の数術にも、殷代からの天文暦法に発する数、戦国からの音律に発する数、漢代の人体の構造に発する数など、すべての流れが注ぎ込んでいるようである。

 数術が、律暦思想と結びつき周易とも連携し、ピークに達するのが、前回見たように、三統暦を作った劉歆(りゅうきん)が活躍する前漢末であった。その劉歆が作成した文献リスト『七略』(後漢の『漢書』芸文志に保存されている)の「方技略」に、「『黄帝内経』十八巻、『外経』三十九巻」とあるのは、何を物語るのだろうか。
 

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