週刊あはきワールド 2015年11月11日号 No.449

第43回日本伝統鍼灸学会学術大会へのやぶにらみ(下)

江戸期鍼灸研究の里程標を築く

流派から宣長、昌益までのまなざしを

「松塾」主宰、黄帝内経研究家 松田博公 


 
(前号から)

◇小曽戸講演余波~日本医学は理論を捨てた?


特別講演の小曽戸洋さん
鍼子丹波康頼が『医心方』で「(中国の)諸文献を引用する際、必ずといってよいほど、脈に関する記述部分は削除している」(小曽戸洋『中国医学古典と日本』塙書房)とは、おだやかでないですね。てことは、経脈論や脈診論だけじゃなく、虚実論、陰陽論、五行論も削っているんでしょうか。

灸兵衞その通りなんだな。

鍼子とすると、中国医学体系の核心の論理が計画的に削除されている。単なるミスやと偶然は思えない。確信犯ですか。

灸兵衞そうなんだ。そこで、小曽戸さんの指摘を踏まえて、この問題を解けば、丹波康頼が構想した日本医学だけでなく、それ以降、現代に至る日本の医学、鍼灸の特徴が浮き彫りにできると考えた人がいたんだな。京都大学名誉教授の科学史家、山田慶児さんだよ。山田さんは、「日本医学事始 予告の書としての『医心方』」(『歴史の中の病と医学』思文閣出版)と「反科学としての古方派医学」(雑誌『思想』2006年5月号)の2論文を書いて、日本の思想が古代からいかに理論嫌悪、単純原則、実感主義、実用主義であるかを緻密にかつ否定的に論証した。だから現在の日本の鍼灸、漢方はだめになった、とまで言っちまうわけだ。

 極めつけは、古方派の巨魁、吉益東洞で、彼は臓腑・経絡・陰陽・五行・病因・天地の法則など中国伝統医学の根幹の論理をことごとく治療に役立たずと捨て去った。そうして生じた理論的空白を埋めたのが西洋医学思想であった。鍼灸、漢方は独自の哲学的、宇宙論的医療として、人類を救う可能性を持っているのに、いまや伝統医学本来の姿を失っている。そのルーツは江戸期古方派にある。これでよいのか、と山田さんは獅子吼するんだ。

鍼子そうですね。「反科学としての古方派医学」では、「今日、日本の鍼灸・漢方は、近代医学のたんなる補助療法に甘んじるか、診療の理論と技術の体系的再構築を目指すか、その岐路に立っているように、わたしには見える」と、厳しい警世的な言を吐いておられます。

灸兵衞鍼灸師たるもの、一度はこの山田論文の火が降るような洗礼を受けたらいいね。鍼灸師におべんちゃらを言う学者はこれからも出て来るだろうが、これだけ現状変革の情熱を傾けて、お前達、このままでいいのか、と喝を入れてくれる学者はそう簡単には現れないよ。一面からであっても、的は射貫かれていると思う。それを認めたうえで、反論すればいいんだ。わたしは、及ばずながら反論しているがね。

鍼子恐れ多くも碩学に反論ですか。
 

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