週刊あはきワールド 2016年3月16日号 No.466

カラダの欲求と操体の私的解釈 第4回

原始感覚の謎に迫る(2)

~原始感覚とは何か その2~

 大隈博英 


◎第1回(序) 操体とは何か
 
 前回、原始感覚とは、生体維持のために心身から送られてくる原始信号をキャッチするために存在する、心と身体の統括機構であるとした。

 そう、定義することで、確かに風邪のような辛い症状であっても、治癒する理由にはなる。そして、原始感覚を自覚する時、大半は快適感覚を伴うことも確かのようである。

 しかし、そもそも、「快か、苦痛か」という問題には、一般論が通じない個人差がかなりあるので、一筋縄にはいかない側面がある。

 皆さんの周囲でもいると思う。

 極寒の早朝に寒風摩擦をする、元気な高齢者
 かなりの小食で何十年と元気に暮らしている人

 一般の感覚では、苦痛に感じることを、むしろ快適に感じる人達である。

 そこで、今回は、原始感覚の快と、大脳の快とはどういう関係にあるのかを考察し、別の視点から快適感覚をみていきたい。

断食は辛いのに、なぜ治るのか

 たとえば、断食という行為がある。宗教などの精神的な修行法としても有名であるが、医療的効果も古代から体験的に知られており、現在でも、一部の医療機関(公的医療機関も含む)で、ファスティングなどの名称で治療に応用されている。

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