週刊あはきワールド 2016年4月13日号 No.469

随想

Subcultural Acupuncture (その13)

~門出に~

Body & Soul 箕輪政博 


◎その11 コテン、古典!
◎過去記事≫≫  もっと見る

1.緒言

 新年度のスタート。希望を胸に鍼灸大学・専門学校へ入学された方々、医療人としての誇りを抱き新人鍼灸師としてデビューした面々、鍼灸の可能性を糧に転職や開業された同輩、皆さまの未来に幸あれと祈念します。

 たまたま、生れ落ちた日本という国。そして、幸か不幸か志してしまった、この未知なるもの「鍼灸」。ユーラシア大陸の東端、太平洋の西端に浮かぶ小さな島国は、勤勉さ故、繊細な感覚を武器に緻密な技術を築いてきた。「中華思想」という巨大国家からおこぼれに預かったとはいえ、近世には本邦独自の発展をなし、現代では「こだわりの多様性」とともに、まさに「ジャパンメイド」といえるツールとデザイン、芸術的なテクニックをも包括する文化に昇華した。ガラパゴス化と揶揄されたって何のその、我らが世界に誇る「クールジャパン鍼灸」について、気持ちを新たに考察する。

 まあまあ、御託宣と言わず、お付き合いください。門出にあたり。

2.医療として

 制度や学問としての医療ではなく、病んだ人間を癒す技術としての医療、古今東西、成立や歴史に違いはあるものの、目的は同じ。だから、「ヒポクラテスの誓い」が普遍の宣誓になる。敢えてこの道を志したのだから、安心、安全、正直、奉仕、謙虚、精進、研鑚という厳しい言葉の数々は、人様の心身を合法的に触り、介入するためのドクトリンである。

 現代日本の医学教育が制度的医療のスタンダードであることは、ある意味で国民(世論)の選択である。よって、コメディカルの求められる最低限の学術をマスターし提供することは、鍼灸師としてのコンプライアンスだと考えている。その上で、東洋医学という我々の強みを駆使すればいい。しかし、ここで原理的あるいは教条的になってもいけない。どんな医学だって限界はあるし個々人の能力も千差万別であることを肝に銘じる。クールな東洋医学を標榜しよう。信頼に耐える医療的学術を有すれば、保険となるはずだ。

 それぞれが置かれた立場・状況・環境を熟慮し、患者様のニーズを踏まえた最善のサービスを提供しなければならない。我々と患者様を取り巻く環境は絶えず変化している。答えはない。鍼灸臨床を盾にそれぞれの答えを探ることが、与えられた使命であり、生き様なのだ。頭脳、感覚、技術を絶えずリンクさせながらタオ(道)を求心しよう。

(続きはログイン・ご購読後にお読みいただけます)

この記事の続きをお読みいただくためには、週刊『あはきワールド』(有料コンテンツ)のご購読手続きが必要です。

ご購読の申し込み ログイン(ご購読済みの方はこちら)




トップページにもどる