週刊あはきワールド 2016年4月20日号 No.470

全力で治す東西両医療 第2回

ともに患者を診て、学んで、考えること

ともともクリニック院長 木村朗子(対談:石川家明) 


◎プロローグ(2) 「全力で治す東西両医療」連載にあたって
           ~東洋医学と西洋医学は対立するか~(木村朗子)
◎プロローグ(1) 「全力で治す東西両医療」連載にあたって
           ~かわいそうな鍼灸師のために~(石川家明)
 
 前回は「西洋医学と東洋医学は対立しているのか」をテーマに書いた。協働で診るとどれだけ患者に益するかを主張したかったからである。外来であれ、在宅であれ、一見治療法が手詰まったように思える患者さんに対しても、東洋医学を知っていると、治療アプローチはまだまだあることに気づくであろう。鍼灸や湯液にはこれだけの適応範囲があって、いかほど効いているかということを、東洋医学をよく知らない、あるいは東洋医学に偏見を持っている西洋医学畑の人達にぜひお知らせしたい。患者さんのために、ひいては医療者自身のために。

 一方で、『あはきワールド』や『医道の日本』誌などを垣間見ると、どこか西洋医学を拒絶しているかのような表現や医療行為が見られるようだと、感じることがあるのは私だけなのだろうか。鍼灸治療初学者の人達にもぜひ西洋医学の本当の「実態」を知ってほしいと強く願っている。この両者の利点を活かすためには、東西両医学の壁を乗り越えなくてはならない。鍼灸医学を巡る世界の環境が大きく転換していく中で、狭い日本に東西の壁があるのは奇異である。世界の至る所に存在する偏見の「東西の壁」は崩れなくてはならないように、我々の壁も崩れなくてはならない。理想は、当事者によって崩すことであろう。

 東西両医療の学び舎づくりを目指している私たちTOMOTOMOの活動実践から、最近とみに考えさせられることを、皆さんと共用したい。

国家試験に受かっても

 医療者になるためには、国家試験に合格し免許を手にすることが必要である。医療教育というと、とかくこの国家試験に受かるために医学知識を学ぶことばかりに目が行きがちである。なるほど膨大な知識を詰め込むのは一大事である。しかし、それは必要条件であって、十分条件ではない。国家資格の免許は、指定の学校を卒業し国家試験の対策の学習をすれば得ることができる。では、それで一人前の医療者になれるのかというとそうではない。当たり前のことだが、国家試験までの学習は答えが決まっている。選択肢が示されていることもある。しかし、臨床現場ではそうはいかない。臨床推論の能力なしに適切な鑑別診断を挙げ治療法を選ぶのは不可能だし、臨床推論の能力は机上では到底習得できないからである。そして、教科書の知識だけでは治療法は選べない、臨床的な手技のノウハウは活字に変換しきれるものではない、治療にかかる期間や通院頻度、治療法の選択肢、専門用語を使用せずわかりやすく説明する方法、治療の副作用について検証をする適切なタイミングなど、知らなければならないことは山ほどある。それらを臨床実習なしに身に着けるのは不可能に近い。

 百歩譲って、仮に最善と思われる治療法を選べたとして(それも机上の知識のみでは難しいのだが)、その最善と思われる治療法が使用できない患者さんはごまんといる。効果が思った通りに出ない、副作用が出ることもある、専門科を勧めてもかかってくれない、など予想と異なる結果になることは少なからずある。経験があればその際の対処法や準備をしているものだが、初心者はそうはいかない。また、「お金がかかる治療はできない」などの経済的な理由で、「仕事を休みたくない」などの社会的な理由で、「薬に頼りたくない」などの心理的な理由で、シロクロはっきりつけられない、すんなりとはいかないのが臨床である。生命の危機が迫るという予想がされる場合もある。病状が悪化すれば医療者の中には必要に応じて入院も含めいつでも救急医療に方向転換する準備も必要である。グレーのなかでどのあたりに結論を求め、生命の危機に至らない予防線を張るのか、患者さんやご家族や社会状況、経済状況、時代のながれなどを含めて、判断していく。その判断から勤務を休んでいただくことや制限することもある。時には生命の安全のために家族への説得も必要とする。「患者さんのおっしゃる通り」を尊重するだけというのは医療者の責任放棄である。医師も、看護師も、鍼灸師も、そのほかの医療職もしかりである。

 では医療者はこれらの例外だらけの中で、臨床現場をどのように学んでいくのだろうか。患者さんは社会で生きている、医療者の手のうちで生きているのではない、その当然の事実を目の前にたたきつけられるのである。たとえば、細菌性肺炎と診断をする、入院も考慮してよい状況である患者さんが目の前にいると仮定する。最善の治療は入院して抗生物質の点滴をし、いざとなれば呼吸管理も行える状況にいることである。しかし、患者さんは入院したくないという、さて、どうするか。こんなことは教科書に書いていない。ここで対話の必要が出てくる。あくまで、生命の安全を担保しながら、どこまで譲歩できるかさぐっていく。まず、こちらの入院をすすめる理由を説明する。家族も呼び出して話をする。「なぜ入院したくないのか」「家族の協力は得られるのか」「毎日点滴のために通院することは可能なのか」「経済的な制限はあるか」考えることは多岐にわたる。目の前の状況に対してひとつひとつ困難を明らかにし、相談し、妥協点を見つけていくのである。そして、呼吸状態が悪くなれば、救急搬送する心づもりと準備をしながら、治療経過を見守っていく。臨床実習はこの作業を体感しながら学ぶという重要な側面がある。

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