このメルマガの配信が当初聞いていたよりも1カ月早くに投稿受け付け終了ということで、最後の投稿になるのですが結構慌てて執筆しました。そのため自己宣伝のような表現を含んでしまいましたけど、とりあえず不特定多数の鍼灸師へ情報が届けられる媒体がなくなってしまうのでお許しください。
二木式奇経鍼が誕生したほんとうの話
前回に伝えきれなかった二木式奇経鍼ですけど、これはcovid-19の直前になる2019年の日本伝統鍼灸学会の業者ブースで原型を手にして「これだ」とインスピレーションが働き、一瞬でデザインが固まっただけでなく試作品の55mmは重すぎるということで45mmに短くして一度の改良だけでもう完成したものです。見た目の形状は「ただの棒切れ」です。違うところは材質が銅は銅でも純銅に近く、気の通り方が金に近いくらいなのに安価に仕上がっています。

二木式奇経鍼
少し細かな芸で側面と底面の角をきれいに面取りしてもらい、丸みを帯びさせています。手にした瞬間から目的の奇経治療の探求だけでなく小児鍼への応用も連想されたので、小児鍼の場合は叩くようなタッピングの動作を行うためにあらかじめ施しておいたものです。その後に臨床投入すると、初診時では鍼の形状に怯えてしまう子供が何割かはどうしてもいるのですけどこれが全く怯えなくなりました。小児鍼でも最後には本治法を行うのですが、これを懸念していたものの経穴へ当てることは子供は動くものですから太いことで逆に有利になり、押し手が重くならないようにより短時間で補法を行うことさえ注意するだけです。白衣へ入れっぱなしでもポケットが破けることもなくなり、小児鍼専用ベッドがあるのですけど大人の治療の合間をよりスムーズに移動できるようになりました。
そして最大のポイントは、底面の太さが4mmもあること。九鍼十二原篇でていしんは皮毛から結脈に対して用いるのだと解説されており、ていしんの文字の意味は「皮膚を凹まさないようにする」と入門当時に教えていただきましたが、九鍼十二原篇の解説と合わせれば確かにそのようです。ただ、前回にも書いたように古典を聖書として扱ってしまうとていしんは皮毛と結脈までだけに使う鍼という分類になってしまうのですが、参考書として読めば皮毛と血脈にはとても有利な構造になっている鍼というだけで機能拡張は制限されないでしょう。本治法においては皮毛・血脈に対して用いるのですけど、それ以外の場面ならこだわる必要はないのでは?ということで、漢方鍼医会で奇経治療の再構築をとなったときに「漢方鍼医会の特徴はていしん治療なのだから奇経治療もていしんで行えるようにやってみるか」と、別の業者ですでに行っていた試作品は異種金属だったものを純銅の材質に触ったなら「奇経治療は圧痛点をまず探すのだから押し付けるていしんを作ってみようか」とイメージが頭に浮かんだのが、二木式奇経鍼が誕生したほんとうの話です。ていしんの文字は入っていませんが、ていしんの一種です。
仮説段階で実物のほうが先に出来上がってしまいました。まぁこれはよくあることで、今までに作成してきたオリジナルデザインのていしんも「こんなふうに使いたいから」という段階から施策に入って改良と調整をしてきたのですけど、その中へは「こんな事もできるかも知れない」とアイデアの卵を仕込んでおいたなら、二木式標治法用ていしんで示指を伸ばす練習法など思わぬ活用法に繋がったことがいくつもありました。
二木式奇経鍼でのアイデアの卵は、底面の4mmの太さです。様々な先生方が作成されている色々な鍼を見せてもらってきましたが、鍼体は太くても先端は鋭いか丸みを帯びていても細くなっているでしょう。気は太い側から細い側へ流れる性質があるので、当然のことになります。要するに小児鍼ならできるものの、大人の本治法には使えない「押し付けて使う鍼」を最初から想定したのです。それが前回に書いた、ていしんで子午治療が可能だったことへの発見に繋がりました。そして後半で紹介する、肌肉・筋の深さへ効率的にアプローチできるのが4mmの太さの意味になります。
「経絡治療」と「ていしん治療」の誤解
ここで話を少しかえさせてもらい、いわゆる「経絡治療」というものは極めて軽い刺激量だけで行う治療法だという誤解を未だに受けます。まして「ていしん治療」と聞けば、中国鍼の真反対で皮膚表面だけに接近や接触だけで行っている方法ではないかと想像されてしまうのですけど、決してそのようなことはありません。目的とする経絡の疎通が達成できるなら必ずしも刺鍼は必要ないと考えているだけです。そして、それは可能です。もちろん理論をしっかり勉強し自然体で立つことを常に守って手法も細かな注意点を守ってと決して雰囲気や直感だけでできる技術ではありませんけど、経絡を疎通させ自然治癒力を高めていくということはそういうことではないでしょうか。
耳が痛いだろうことも最後なので書いてしまうと、鍼灸治療を求めてくる人のかなりが西洋医学では救われなかったからでしょうが、鍼灸治療は受けたいが針金を身体に突き刺してほしいとは決して考えていません。「治るためには他にもう手段がないので」というのがほとんどの意味付けなのに、清水の舞台から飛び降りる覚悟で来た患者さんへ痛みを伴う治療法では逆効果です。私が受ける立場なら、絶対に一度で治るなら我慢しますけど通院が必要で痛みもあるというなら拒否をするかある程度回復したところで途中放棄してしまいますね、きっと。
上手な先生が行えば刺鍼時の痛みが発生する確率が非常に低く、心地よい響きに魅了されたというケースはあるでしょうが、「別のところで受けた鍼灸は1本ずつ痛みが来ないか緊張が取れない」という話ばかりを聞きます。鍼灸師も歯医者での処置は一部に痛みを伴うだけで大半は痛みがないのに、ずっと緊張をしているあの状態と同じであり、歯医者では機械音がどうしても避けられないと思いますが鍼灸は工夫がもっともっとできます。先日も名古屋漢方鍼医会がお招きした池田政一先生の講演会へ参加させてもらったなら、「大半の鍼灸師がするのは痛みが伴っているから嫌われる、まずは痛くない鍼をもっともっと練習しなさい」と口を酸っぱくして繰り返されていました。
毫鍼とていしんについて
毫鍼とていしんのことについて、もう少し書かせていただきます。毫鍼の最大の利点は相手の体内へ進行できるので、少しの操作で大きく響かせられることでしょう。「しなり」があるので、手法にまだ不慣れでもそれなりの効果が出てくれます。反面で刺鍼するということは痛みをゼロにすることができない、粗雑だと苦痛を与えるだけで効果も出ないということがあります。また「つい」深く刺しすぎる傾向があります。
ていしんは痛みの発生がゼロで衛生面の心配がなく、曲げたりしない限りずっと使い続けられます。反面で理論に則った練習された手法をしなければ効果が出せず、細かな点に注意を払わないといつまで経過しても上達できません。けれど深さの調整は容易であり、治療上の安全性も非常に高いものがあります。
ていしんでどうやって深さの調整をするのか①…皮毛
では、ていしんでどうやって深さの調整をするのかですけど、前述のように九鍼十二原篇には皮毛と結脈へ対する鍼だとあります。皮毛は文字通り皮膚表面であり凹ませてはいけないので鍼を乗せているだけの重さということになりますから、斜めにして使います。できる限り水平に近くということで、押し手の軽さはもちろん刺し手も鍼を持つ母指と示指以外の残り3本を支えにして工夫します。経脈の外を護衛して働いている衛気の操作であり、普通に「気を動かす」と表現している段階です。

皮毛に対する持ち方
ていしんでどうやって深さの調整をするのか②…血脈
次に血脈は経脈の中を流れる気、つまり営気を操作する深さになります。皮毛よりも深くなればいいのですからていしんを垂直近くに立て、押し手も気持ちだけ重くします。刺し手の残り3本も、ていしんが揺れないように効果的に支えとします。二木式本治法用ていしんは最初からそれを意識して竜頭部分を2mm、先端部分を1mmとわざと重量をつけたのですけど、その他のていしんでも毫鍼よりは重量がありますから、水平近くと垂直でかなり違うことが実際にやってみるとよくわかります。

血脈に対する持ち方
ここで「えっ、衛気と営気の操作の違いは鍼の角度だけでできるの?」と、ていしん治療はやっぱり眉唾ものだなぁと思われたかもしれません。いえいえ、手法へ入る前の軽擦段階ですでに衛気に対するものか営気に対するものかの違いの差をつけておかないと、さすがに手法のみでは実現はできません。原理はごく簡単で、『難経』一難を始めとして古典のあちこちに経絡は一日に五十周すると書かれてあり、一呼吸では六寸ともあります。これは経脈の中を流れている営気の循環速度ですから、営気を動かそうとすれば一呼吸に六寸以下の速度で軽擦をすればいいのです。六寸は前腕の半分の長さになりますから、一呼吸でこの長さには到達しないというのは感覚的に相当にゆっくりの動きになります。この速度だと押し手も刺し手もどうしても若干重たくなってしまうのですが血脈の深さなのですから、そのまま受け入れればいいのです。逆に衛気を動かすには一呼吸に六寸を確実に越える速度で軽擦をしなければならないので、皮毛に接触する程度の重さでないと実現できないでしょう。本治法へ用いる手法と共通ですから、ここまでは毫鍼も全く同じ理解で構いません。ただ、毫鍼はしなりがあるので多少の粗雑さを吸収してくれますが竜頭の握りにも工夫するなどしないと明確な使い分けが難しいかもしれません。ていしんは粗雑だとそれが直接経絡の変動に反映しますから、基礎練習が本当に大切になります。
ていしんでどうやって深さの調整をするのか③…骨
皮毛・血脈と来たので肌肉・筋が次なる段階ですけど、説明の都合から先に骨の段階を説明します。文字通り硬い支持組織の骨ですから「それは鍼では動かせんやろ、透熱灸を多く行えば動くかもしれんけど」というのが常識でしょうし、私も毫鍼での操作方法を知りません。しかし、厳密にはていしんではないかもですが皮内鍼を発明された赤羽幸兵衛先生が反対側の背部兪穴に瀉法鍼というものを用いて左右で補瀉の差を大きくして効果を高めていたという話があり(これが確実な記録として残っていないようなのですがそういうことにしてください)、原型がすでにわからなくなっているのですけどたまたま手元にあったものを偶然用いた突き指の処置から局所の血が強引に動かせていることに気づき、仮説から理論をまとめていくと骨折の治療が可能ということで日々臨床実践しています。

瀉法鍼
これは今年の第51回日本伝統鍼灸学会の一般発表で初めて道具の披露も含めて報告をします。レプリカの制作は20年以上前から取り組んでいたのですが、どうしても安定した製品品質に届かなかったものがようやく市販品レベルにできたということで発表へ舵を切らせていただきました。それこそ自画自賛ですが、突き指や捻挫程度ならその場で痛みが消失できますし、経験を積めば相当程度の骨折の治療もできるようになります。けれど全体治療の中での一つの道具ですから、単体で深い部分の治療が何でもかんでもできるわけではありません。治療というものは総合力です、やっぱり。
ていしんでどうやって深さの調整をするのか④…肌肉
残るは肌肉と筋の深さです。例えばぎっくり腰の場合、解剖・生理からすれば脊柱起立筋の痙攣ですから発症に至った病理を考察して証決定から本治法を行い、標治法は局所の気血の循環をより改善できるように行います。ただ、筋肉の痙攣と言っても耐えられないほどの痛みになって来院されているのですから物理的損傷も伴っているので深い段階までダメージがありますから、痛みの回復が十分でなければ経絡の疎通を補助するために筋肉の緊張の境目へ円皮鍼を私はよく用いています。「にき鍼灸院」で唯一の刺さる鍼ですが、絶対に刺さずに治療をしようというのではなく目的がしっかりしていれば躊躇なく用いるだけです。これは長さにもよるでしょうが肌肉の深さでしょうし、毫鍼単体のようについ深くなってしまうこともありません。
これで肌肉の深さについては「めでたしめでたし」といいたいところですが、何時間どころか数日も置鍼することになる円皮鍼はむやみにあちこち行うと逆に経絡の流れを混乱させてしまうだろうことは、想像に固くありません。円皮鍼は1カ所か2カ所までの一撃必殺で用いるべきというのが、経絡を疎通させることからすれば条件ですし、効果としてもそのように現れます。最初は痛みや可動範囲の改善が面白いようにできたのに、調子に乗って円皮鍼の数を増やしたなら逆に効果が下がったという経験は、誰にでもあることでしょう。けれど臨床現場では広い範囲での施術が必要なことのほうが多く、ていしんだと先端に刺し手を添えて深くなりすぎないような施術をすれば安全に確実な施術ができるようになります。毫鍼は前述したように「つい」深くなりがちになってしまうので、肌肉は一番難しい箇所ではないかというのが私の実感です。
ていしんでどうやって深さの調整をするのか⑤…筋
最後に筋の深さです。この夏の猛暑は疲れが蓄積しすぎた人が非常に多く、一通りの全身治療を終えても肩甲骨周囲にまだ頑固な凝りが残ることが多いです。covid-19からのストレスもまだまだ残っており、肩こりは近年にない強烈さです。一つ典型的な症状だけで診断できてしまうものを紹介させてもらうと、腕を下げると痛みやしびれになり逆に挙上しておくほうが楽になるというものは肩中兪の硬結であり西洋医学的には肩中兪の奥で血管が圧迫されているでしょう。トラック運転手さんが耐えられない腕の痛みとしびれから入院までしていたのに何も回復しないということで、以前の腰痛のことを思い出して病院から通院してくるという世間的には危ない追い詰められた状況の中でその当時はまだ毫鍼を用いていましたから三度目か四度目に苦し紛れに肩中兪の奥の目立って硬いものを狙ったなら、そこからやっと回復してきたということで発見したものです。年に何例かは同じような症例がありポイントが分かっているので他の診察をしなくてもいいくらいです。問題は気胸と背中合わせなのでその硬結だけを狙えるのか、あのトラック運転手さんのときは単にラッキーだったと今でも恐ろしく感じています。
やり方は色々あるでしょうが、前述の瀉法鍼を用いるとそれなりには効果が出せるものの深すぎるので思ったほどではなく、知熱灸は安全ですがこれも顕著な効果というほどにはなりませんでした。円皮鍼は深さが足りないので、あまり効果が出ませんでした。ていしんだけに治療を切り替えてからしばらくは下腿へ気を引き下げる手法と前述のものを組み合わせて対処してきたのですが、二木式奇経鍼を作成してこれが一気に解決です。

二木式奇経鍼を押し当てているところ
4mmもの底面があるので「そんなに押してもらったなら先生の指が」と心配してくれるのですけど、こちらは力を少しだけ入れているだけなのですが太い指で押さえられているような間隔で筋の深さを動かせるようになりました。肌肉の深さなら単純に押し付けるだけでよく、筋の深さを動かすときにはていしんを揺らすとはっきりとした区別になります。押し付けて使うことが最初から構想に入っていたので、揺らすという追加操作が実現できました。アイデアの卵が孵化したというところでしょうか。身体上で揺らしながら使う針というのは、かなり珍しいと思います。
最後の原稿なのでもう一つおまけを書いておくと、シンスプリントはふくらはぎの内側に発生してくる緊張からの疾患ですけど、局所へ刺鍼してもほぼ改善をしません。原因が無理がかかったための臀部、それも小野寺臀点と胞肓との間の硬結だからです。ところが、この硬結を捉えようとしても深いので抑えると指先から逃げてしまいます。これが揺らしながら筋の深さを動かせる二木式奇経鍼なら的確に捉えられます。この夏の猛暑から運動もしていないのにシンスプリントの症状になっている高齢者が何人も来院されたのですけど、局所には一切手を触れず臀部からの処置だけで数回で回復してもらっています。
診察・診断の極意は取捨選択をどこまで思い切ってできるかでしょう。患者さんの言葉は丁寧に聞いてあげねばならないのですけど、その中には大げさだったり虚偽が入っていたり隠し事があったりで、まっすぐ正しい情報は少ないのでどの情報は有用でどれは不要なのかを思い切りよく切り分けられるかになります。同じく先輩諸氏から何度も教えてもらってきたことであり私自身も経験の中から実感しているのですが、メリハリがある治療がいい治療に繋がります。「もうちょっとサービスしておこうか」「この程度ではインパクトが少なすぎるだろうか」などなど、どれも中間程度にしてしまうというのが一番下手な治療です。軽いときにはわからないくらいに軽く・しっかり動かそうというときにはしっかり、思い切りのある治療でないと病態は意図したように反応してくれないものです。ですから「ていしん治療」と言っても、接触や接近だけでなく深い部分へはしっかり深く作用できるように道具を持ち替えながら行っています。ホームページにできる限り、写真や動画にできるものはそのようにして掲載しています。
その中から出てきた気胸の心配を一切しなくてもできてしまう背部の筋へのアプローチ、肩甲骨の下側へうまく刺鍼できれば劇的な効果を得られることがあるのですけど危険と背中合わせです。また肩甲骨の内側は浅くて刺鍼してもすぐ骨へ到達してしまうのですが、現在はこの部分の硬結があまりに頑固で痛みに苦しんでいるケースが非常に多くなっていますが、ここへのアプローチはていしんの独壇場でしょう。鍼灸の道具は時代とともに進化していますから、その運用理論は自分たちで考えて拡張していくのがいいのではないかと私はこれからもその方向で進むつもりです。
追記
奇経治療のために制作した二木式奇経鍼、データが少なく再現性もまだ不安定なところがあるので報告には至りませんでしたが、「押し流す奇経治療」と命名したのですけど固有流注を有している奇経を直接押し流すという臨床を試みています。
また八会穴の研究から入って唯一安定した効果が得られたのは、妊娠時の 列欠の運用でした。任脈は文字からしても妊娠と縁が深く、胎児が下がっているときに 列欠の圧痛を探して圧迫したなら瞬間的に胎児の位置が上がってきたので、二木式奇経鍼をほんの少しだけ圧迫しながら5秒程度当てたならもっと顕著に位置が改善されました。それで純銅に近いものはなにかと考えたなら10円玉があり、ピンポイントで当てないと意味がないので平面ではなく縁を使って朝晩5秒ずつ当てることを指示するようにしたならすでに10人近くの妊婦が胎児の位置異常から救われただけでなく安産を報告してくれています。 列欠と言ってもその中で一番圧痛の強いピンポイントを探し出すことが絶対条件です。集団で追試ができたなら、安産灸に変わる妊婦が安全で安心した出産に迎える方法にできるのではないかと、模索をしています。