週刊あはきワールド 2016年9月14日号 No.489

随想

Subcultural Acupuncture (その18)

~現代日本マッサージ事情~

Body & Soul 箕輪政博 


◎その16 医療最前線と…
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1.想起

 最近、あん摩マッサージ指圧師(マッサージ師)課程新設申請に関する動きが騒がしい。「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(あはき法)」第19条を巡って、国(厚生労働省医道審議会)を舞台に、新鋭の学校法人を中心にした設置申請側と既設している学校(老舗専門学校)や視覚障害者側が対峙しているようだ。この問題はそれこそ、古くは江戸時代後期の杉山流あん摩(視覚障害者)と吉田流あん摩(晴眼者)の対立から近代期(明治・大正)の小競り合い、1970年代の中国鍼麻酔ブームによる新たな、あはき専門学校設置の反対運動、そして記憶に新しい福岡地裁判決による鍼灸専門学校ラッシュを後追いするような、今回のマッサージ専門学校(課程)新設申請と延々(怨々)続いている。通底する無免許整体問題、ひいては憲法の職業の自由という重大な問題まで内在しているのだった。このような状況下、ここ数年、療養費で行う、いわゆる訪問マッサージの市場が拡大している。当然、療養費ではマッサージ師の施術が不可欠であり、どうやら市場のニーズに比べ、免許者が不足しているらしい。現代日本のマッサージ最前線について迫ってみよう。

2.回想

 あん摩マツサージ指圧師免許、この長ったらしくてイカサナイ名称。しかし、この名称こそが日本の手技療法の歴史なのである。現代のあはき法の原型である1911(明治44)年「按摩術営業取締規則」の制定で、中国を紀元とし、江戸時代に醸された「按摩」が近代日本で初めて制度化される。明治時代前半、フランスから導入されたマッサージは盲学校の理療(按摩)教育で早くから位置づけられ、1920(大正7)年の「按摩術営業取締規則」改正で按摩術に合法的に包括されることとなった。昭和後期、理学療法士にリハビリ現場を占領されるまではマッサージ師の独断場であった。
 

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