週刊あはきワールド 2016年9月21日号 No.490

カラダの欲求と操体の私的解釈 第10回

橋本敬三が残した課題(5)

~操体式食事法を模索する その2~

 大隈博英 


◎過去記事≫≫  もっと見る
 
 今回は前回で書ききれなかった、他の代表的な食事法について触れ、さらに操体式食事法の模索を深めていきたい。

ローフードを考える

 ローフードとは食材を加熱調理しないで、生のままで食べる食事法のことである。ローフードには動物性食品も含めて、生で食べることにのみ、こだわった方法と、生の植物性食品に限定して、こだわって食べる方法(ヴィーガニズム)があり、特に、後者は思想的背景が強い傾向にあり、ガンディーなどが実践していたという。

 この方法の共通の思想的背景には、

加工=問題の根源

という考えがあると思う(もっとも、ローフードを薦める、全ての指導者の共通意見ではないとは思うので、その点、ご了承を)。民間食事療法の多くは、純粋な健康法だけではなく、必ずと言ってもよいほど、思想的背景を持っている。ローフードの場合、それなりの科学的根拠はある(生だと一部のビタミンなどの崩壊もなく、何より酵素が摂れる)が、人工的な加工を加えたものは良くないものであるというスタンスに立っていることに、少し偏った思想が伺える。

 ローフードも内容的にはさまざまだが、私が体験したものは、生玄米を粉にして、あとは生野菜をすりおろしたものを、1日2回だけ食べるというものだった(粉にしたり、すりおろすので、正確には加工はしている。ただ、加熱処理をしていないということがポイントである)。

 もちろん、いきなりそんな食事内容を開始することはないし、長期間することもない(中には長期にわたって、実践する人もいるようだが、それはそれこそ、カラダの欲求に合った人であろう)。しかし、私の場合は、きちんと準備期間を経て、指導者の下で実践したにもかかわらず、途中で、低血糖状態に陥り、近くの診療所で点滴を受けることになった。もちろん、診療所の医師には叱られた。

 そのことを指導者にいうと、高らかに笑いながら、

「カカカ。まだ、坊っちゃんには無理だったかな」

と言われたのである。私はこの言葉を聞くまで、民間食養も立派な医療なのだと認識していたが、実は治療というよりも思想の入った、修行に近いものだという認識を持つようになった。

 何より、おかげで、目が醒めることとなったのだ。極端な思想の食事療法は時として、命にかかわることがあるのである。もし、健康法、治療法として実践するなら、元も子もないことがあるということを認識しておかねばならない。
 

(続きはログイン・ご購読後にお読みいただけます)

この記事の続きをお読みいただくためには、週刊『あはきワールド』(有料コンテンツ)のご購読手続きが必要です。

ご購読の申し込み ログイン(ご購読済みの方はこちら)




トップページにもどる