週刊あはきワールド 2016年11月16日号 No.498

カラダの欲求と操体の私的解釈 第12回

橋本敬三が残した課題(7)

~操体式呼吸法を模索する その1~

 大隈博英 


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 今回から、息の操体法について考察してみたい。何度も繰り返すが、橋本が考えていた操体法の基本原則は、息・食・動・想の4つである。しかし実際には、動だけの操体が操体法として現在まで伝承されているのが実態である。

 ところが、よく見てみると、この中でもし止めてしまったら死んでしまうのは、息と食である。想は死なないかもしれないが、コントロールすることは難しいし、まして自発的に止めることはほぼ不可能である。コントロールできるかどうかという視点ならば、残りは食になるが、これは前回までの3回分でお伝えしたように、やり方を間違えば死に直結してしまう危険性が高い方法である。

 となると、息は、

辞めれば、かなり短期間で死んでしまうくらい、生命維持に必要不可欠で、
かつ、コントロール可能で、
かつ比較的、安全な方法

という条件を唯一、満たすものとなる。

やじうま精神

 橋本が動の操体法に着目したのは、橋本が臨床医であり、施術という形をとらざるを得なかったことと、何より最初に出合った操体法の元型が正体術であったことが大きいと思う。

 橋本は元々、生理学の研究医であり、自分から望んで臨床医になったわけではなかった。そのため(当時、実費診療だったこともあり)、ほとんど何もできない橋本に見切りをつけ、患者達が次々と逃げていくのを目の当たりにする。そこで橋本は、患者達がどこに行くのかを追っていくと、鍼灸や整体といった民間療法に行くのを見てしまう。橋本は医師であるプライドを捨て、民間療法施術者に教えを請いながら、実践的な臨床を体得していく。当初は漢方薬にも手を出したものの、材料が手に入りにくいことと、橋本には湯液の世界がなじめなかったという。

 そういった試行錯誤の中でたどり着いたのが、前述の正体術である。橋本は操体法を創始した後も、身体均整法の亀井進との交流もしていたようで、亀井の手技を神業と絶賛している(残念ながら、同時代を生きているはずの野口とは接点はなかったようである)。

 私達の世界は、医師で言えば外科に似ている。知識は必要であるが、最終的には職人的な世界である。良い意味で、技術を見て盗むということで次世代へ伝承されていく。この繰り返しで、今日がある。

 橋本は自らの体験も踏まえて、技術伝承の本質を「ヤジウマ」と称していた。弟子たちに、どんどん他人に教えてもらいなさい、ヤジウマをしてきなさい、と推奨していた。そのためもあり、操体法を主にした臨床家も、操体法だけに限らず貪欲に他流派の治療法を常に研究している者は多い。なんということはない、筆者もその一人に過ぎないのだ。

 橋本は、自らをヤジウマの王様と言っていたとも聞く。なにせ、逃げた患者達を追って、どこに行くのか確かめたくらいである。今なら、何か問題になるかもしれないくらいだろう。

 そんな、ヤジウマ王が生命維持に不可欠でコントロールも可能な、呼吸法をヤジウマしていないワケがない。おそらく、私が考える程度のことはとっくに済ませているだろう。今さら、釈迦の掌の孫悟空のような気持ちになってしまうが、めげずに、まずは橋本が操体法として考えた呼吸法を、残された資料などから歴史を軽く振り返ってみたい。

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