週刊あはきワールド 2016年11月16日号 No.498

『腹診による「毒」と「邪気」の診察と鍼灸治療』へのいざない 第3回

跋 文

~『腹診による「毒」と「邪気」の診察と鍼灸治療』より~

いやしの道協会会長 朽名宗観 


 
腹診による「毒」と「邪気」の診察と鍼灸治療(大浦慈観著)  池波正太郎の小説『剣客商売』によると、江戸時代に「芸者」と言えば、「武芸者」を指したと言います。武という技芸に生きるのが、剣客だったわけです。日本にはさまざまな技芸が、道へと深化したことはよく知られており、「芸者の道」すなわち「芸道」により精神性を深めていく伝統があります。歌人は歌、茶人は茶、俳人は句、書家は書、能楽師は能楽、剣術家は剣、絵師は絵、そして鍼師は「鍼」という「物(=技芸)」を探求し、その奥義の扉を開いていくのが、いわゆる日本的な「物にゆく道」です。

 中国の伝統的な儒学解釈とは異なった独自の「日本的な」儒学を打ち立て、本書に紹介されている腹診法の源流であり、日本漢方の礎を築いた吉益東洞をはじめとする、江戸中期に活躍した古方派医家の思想に大きな影響を与えたのが、儒学者・荻生徂徠です。徂徠学は身体的な了解、つまり身につける、体得するといったことを極めて重視し、例えば「格物致知」とは、「物格(ものきた)って、知致(ちいた)る」と読み、「物」すなわち六芸などの「技芸」に人が習熟することで、その「物」が内包している知恵や情報のすべてが自ずと身につくことを意味するとしています。まさに「物にゆく道」のエッセンスを示したことばと言えるでしょう。

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 東洞が一目置いていた古方派医家の俊秀・永富独嘯庵も徂徠学に参じた人であり、「古医道」という「物に行く道」を究めることを志した人ですが、次のような一文を残しています。

 「服部南郭(はっとりなんがく)(1683〜1759、徂徠門下の儒者・詩人)の詩、北島雪山(きたじませつざん)(1636〜1697、書家)の書(しょ)、芭蕉翁(ばしょうおう)(1644〜1694、俳諧師)の諧歌(かいか)は、皆(みな)一世(いっせい)の逸品(いっぴん)である。研精刻意(けんせいこくい)し、長く沈潜(ちんせん)して、ついに巧思(こうし)の小逕(しょうけい)を出て、神妙の境涯に入った。小技(しょうぎ)とはいっても、どうしてそれが容易なことがあろうか。自分は古医道(こいどう)という事(こと)に従い、精勤(せいきん)すること十数年。最高の境地に到ることが未だにできない理由は他にはない、すなわち栄誉や不名誉の情が心中に動くからである。私は、服子(ふくし)の詩を詠じ、道人(どうじん)の書に対し、蕉翁(しょうおう)の諧歌を誦(しょう)する毎(ごと)に、いまだかつて恥ずかしさの余り、汗が背にあふれなかったことはない。」(『漫遊雑記』)

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 現代医学の医師で自らの医師としての技量を詩・書・俳諧の大家と比較する人は、おそらく稀でしょう。一般的には医術と芸術が同じ土俵にのるものとして想像されることはないように思われます。芸術の深みは単に知的な操作のみで生まれるものではなく、むしろ意識の深層に通じるような直感や身体的な納得に比重がある営みから成るものであり、この一文は独嘯庵の古医道がそうした身体知を重んじる技芸の世界に属していたことを雄弁に語っています。そして、本書には、鍼灸師は鍼灸という「道具を操り生体の気血を動かし調える技術者であり、職人であり、芸術家でもある」と記されているように、今だにわれわれは独嘯庵のことばに共感できる、あるいは踏襲できるような位置にいることを示唆しています。

 現代医学の医師、漢方医、鍼灸師、それぞれの患者との関係について考えてみましょう。現代医学の医師の場合は、診察に検査機器や化学検査を用い、治療法が薬方となれば、患者のからだに全く触れずに診察と治療が完結する可能性があり、実際にそうしたことが必ずしも珍しくなくなっているようです。次に漢方医ですが、診察までは腹診や脈診といった切診が重要な役割を果たすので、患者のからだに触れる機会はあるとはいえ、治療は漢方薬に委ねられます。

 しかし、鍼灸師は診察から治療まで患者のからだに接しながら、手や鍼を通してのからだとからだとの交感、微妙な「気」のやりとりを維持しなければなりません。そこで要求されるのは、からだでの了解や納得であり、からだで考え、感じるようなことです。本来、そうしたからだとからだとでの「気」の交感は決して特殊なことではなく、例えば母と乳幼児との間には自ずと起こっているようなことでもあります。まずはいかにからだに任せられ、その声を聴けるかがポイントとなるようなことです。いやしの道協会での実技の稽古では、はじめの段階から「からだと呼吸とこころ」の調和に習熟することを強調しますが、その意味については本書をひもといても窺い知れることでしょう。

 本書は、当会の創始者・横田観風師が提唱する「万病一風的治療」の基礎となる考え方や技術の解説にとどまらず、大浦慈観氏の臨床経験、種々の実践的な工夫、そして古典研究の積み重ねが統合されて実を結んだものであり、当会の会員だけではなく、広く古来から伝わる、身体知に富んだ技芸としての鍼灸治療の世界に関心ある人にとって、その道案内としてたいへん親切な内容となっており、格好のテキストになることは間違いありません。

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