週刊あはきワールド 2017年2月15日号 No.510

カラダの欲求と操体の私的解釈 第15回

橋本敬三が残した課題(10)

~操体式心理療法を模索する その1~

 大隈博英 


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 高齢者に病弱な人が多いのはなぜだろうか? という問いに多くの人は

「それは、老化が原因だろう」

と、当然のように言うだろう。しかし、あえて私はここでノーと言っておきたい。

 それは

年齢を重ねるほど希望が減っていく希望欠乏症を患っているから

というのが私の答えである。確かに、老化や若い時の生活習慣をそのまま引きずっていたり、長年の悪習慣の積み重ねが顕現化したり、さまざまな要因がある。茶碗だって、少しのヒビが長年の使用の結果、割れてしまう日がくる。経年劣化は、万物に共通である。

 しかし、私たち人間をはじめ、多細胞生物は毎日、細胞レベルで生まれ変わっているのである。その循環を遅らせる最大の要因こそが、病弱の原因なのである。

 それは、実は身体にあるのではない、心にある。いや、身体と心は繋がっているから、鶏が先か、卵が先か、わからない。ただ確実に言えるのは、私たちの社会は歳をおうごとに

希望が減少しやすい社会構造になっている

ということと、

誰もが、口には出さないが、希望がなくなっていくと実感していることこそが、病の根源にあるということである。

 さて、いよいよ最後の想の操体法である。今までも一筋縄でいかないものばかりであったと思うが、この想(心理療法)の操体法は最もハードルが高いものになると予想される。

 それは、そもそも人体は小宇宙と呼ばれるほど、最新医学でもわかっていないことが大半だと言われているが、心は実はその存在すら定かではないからである。

 そんなバカなと思うかもしれない。毎日、ストレスを抱える現代人が実感している心がないなら、ストレスも感じないじゃないかと思って当然であろう。しかし、現代精神医学界では、心は大脳の生理活動による副産物であり、実態はあくまで脳にあると考えているのである。
 
 そのため、精神科医はあくまで大脳新皮質の前頭葉など精神活動に関わる部分限定の脳の専門家であり、ある意味、脳外科などと似た分野であるともいえる。心の専門家ではなく、脳の専門家なのである。

 もちろん現代でも、臨床心理士をはじめ、心の専門家たちは、脳と心は関連はあるものの、次元の違う別の存在であり、心は実在していると考える者もいる。

 つまり、専門家の間でも、心の存在すら確定されていないのである。それゆえ、これほど捉えどころのない難しいテーマはないのである。

 心というテーマはあまりに奥が深く、興味も尽きない。また、多くの慢性精神疾患を持つ人にとって、心理療法は効果は期待できそうにないので、有効な新薬の登場を心待ちにしているという人も少なくないだろう。

 典型的なのは、精神疾患の最大の難病といえる統合失調症である(誤解のないように説明をしておくが、軽度の統合失調症は通常の日常生活が可能であり、病気別に難治性かどうかはあまりあてにはならない。あくまで一般論である)。これを心理療法で治した者など、過去にもいないだろうと私は思っていた。フロイトやユングにしても、統合失調症の患者を診ていたが、劇的な治験例などは聞いたことがない。

 統合失調症になれば、一生、薬は手放せない。あとはいかにコントロールするかが問題になるというのが大方の患者や専門家の意見だと思う。ところがである。日本人医師で、心理療法で、かなり成績を上げていたという人物がいたという話をほんの数年前に知った。

 それが精神科医、小坂英世である。小坂は心理療法のみで、重度の統合失調症の患者を軽度にまで軽快させるほどの治療法を確立していた。しかし、小坂の真似をしても、なかなか再現性がないことや、小坂の特異なキャラクターゆえか、敵が多く、せっかくの心理療法もあまり定着しないままとなっているのが現状のようである。

 私も純粋な心理療法は素人なので、小坂の療法自体を理解するに至っていない。肝心なのは、小坂が薬に頼らずに、統合失調症の患者を治癒、軽快させていた事実である(なお、ここでは小坂療法の詳細は書かない。私は小坂療法を再現できるだけの能力も機会も持ち合わせていないので、興味のある人は小坂の書籍に当たってほしい)。

 それでは、同じ自然療法である、私たち物理療法家にも、難治性精神疾患に太刀打ちが可能なのだろうか? そこで、いつもの通り、まずは各療法をみていこう。

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