週刊あはきワールド 2017年8月16日号 No.534

『霊枢』 を読もう! 第2回

黄帝素問霊枢経叙

欅鍼灸院 名越礼子 


 
 昔、黄帝が内経18巻を著した。『霊枢』9巻、『素問』9巻、これが内経18巻の内容である。実際に世間で用いられているものは『素問』のみである。秦越人はその内のいくつかを利用して『難経』を書き、皇甫謐は次に『甲乙経』を作ったが、その後の諸家の説は、すべてこれより始まっている。その間、あるいは正しいものや間違ったものがあるが、未だに後世の模範とすべきものは作られていない。例えば『南陽活人書』では、「咳逆とは噦(えつ)である」というが、謹んで『霊枢経』に照らして見ると、「新しい穀気が胃に入り、もとからある寒気と相争う、これが噦である。」という。この2つを挙げてみれば、どちらの道理が正しいかは分かるであろう。またたとえば、『難経』第65篇では、越人が『霊枢』本輸のあらましを述べているのだが、世間ではこれを流注とするものもいる。しかし謹んで『霊枢経』を見ると、「いわゆる節とは、神気の遊行し出入するところであり、皮肉筋骨ではない。」またいうには、「神気とは、正気である。神気の遊行し出入するところが、流注である。井滎輸經合は本輸である。」これを挙げて並べてみると、双方の違いはただ天地の違いほどであることが分かる。ただ残念なことは、『霊枢』が久しく伝わらなかったために、世間でも研究する者がいないことだ。医を行う者は、医書を読むことである。読んでも医を行うことができない者がいる。読まないで医を行うことができる者はいない。医書を読まず、また家業でもないなら、人を殺すこと剣をもってするよりさらに悪い。そのため古人は次のようにいう。「人の子として、医書を読まないなら、なお不孝というべきである。」

 私はもともと浅学菲才であるが、幼少から壮年まで、この道に専念し、ひたすらその理論を追究してきた。その過程で自ら推し量ることなく、さまざまな書物を参照し、家蔵の旧本『霊枢』9巻を再校し、全部で81篇とし、意訳を増修し、巻末に付け、24巻にまとめた。このようにしてどうにか学習したい人々に、巻を開けば分かりやすく、へだたりのないようにすることができた。

 すでに書状を具え、申告しただけでなく、府(役所)の指揮の許可を得て、条によって転運司に申し上げ、官を選んで説明し、書を具えて秘書省と国士監に送った。今崧(すう)、もっぱら名医を訪れ請い、さらに詳しく参照を乞い、誤りを将来に残さないようにしたい。そうすれば利益は限りなく、効用は自ずから現れるであろう。

 宋・紹興乙亥 仲夏望日
錦官史崧記す

 この原稿は『ナラティブ霊枢 明解な現代語訳で鍼灸の原典を読み解く』から転載したものです。本には数カ所「解説」や「付記」が収載されていますが、本連載では割愛させていただきます。興味のある方は本をご参照ください。

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