週刊あはきワールド 2018年8月15日号 No.582

臨床万事塞翁が馬 その3

『修行』って好きですか?

大阪漢方鍼医会 森本繁太郎 


1.『修行』とは?

  「小学館」の国語辞典には、次のように書かれています。

①悟りをめざして心身浄化を習い修めること。仏道に努めること。
②托鉢(たくはつ)・巡礼して歩くこと。「全国を修行する」
③学問や技芸を磨くため、努力して学ぶこと。「弓道を修行する」「武者修行」

 残念ながら私は、どなたかの弟子にも助手にもなった経験がありませんが、『修行』は一人でも十分にできます。

 我々鍼灸の臨床家の場合の『修行』ですが、①や②の要素は相当含まれているでしょう。しかし、③に当たる面はより大きいんじゃないでしょうかね。

 最近の風潮として、『修行』という言葉は随分堅苦しさを感じさせる響きですよね。

 勉強、研究、稽古、学習、練習、切磋琢磨、訓練、トレーニング、特訓辺りの語の響きの方が、現代の若者たちには受け入れられやすいように感じますし、随分歳を食らってしまったこの私でも、こちらの方が素直に受け入れられる気がします。ただし、それに伴うモチベーションや、未来に対する積極的イメージ力というような心の支えがなければ駄目でしょうが。

2.『修行』の道に終わりはない!

 聞いた瞬間は、「なんて重苦しい響きなんだろう!」と思ってしまったのですが、皆様はいかが感じられたでしょうか?

 この言葉を聞かされたのは、確か私が高校3年生の頃だったと思います。指圧の実技の時間だったか、担当のS先生から、何気なく「フワッ」と発せられました。

 その頃の私は国家試験に通るべく、自分にしては随分真面目に勉強をしていた時代(でもなかったかな?)の出来事でしたので、一段と強く堪えたのかも知れません。

3.『修行』の道に終わりはない?

 「修行の道」は、本当に終わらないんでしょうかね?
 

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