週刊あはきワールド 2018年9月5日号 No.584

からだに触れる からだで触れる 第3回

子育てにおける「肌に触れる」と認知症のケアに共通すること

いやしの道協会会長 朽名宗観 


3.子育てにおける「肌に触れる」と認知症のケアに共通すること

 幕末から明治初めにかけて来日した外国人の記した資料を集めて、現代では失われた当時の日本人の姿を描き出そうとした渡辺京二による『逝きし世の面影』には、「子どもの楽園」という章があります。そこでは、かつての日本は子育てに関して寛容であり、愛撫・抱っこ・おんぶなどによる肌の合わせ方が豊かで、社会全体が子どもを愛護する気風があったことが示されています。

 アメリカの動物学者で大森貝塚を発掘したエドワード・S・モースは、自著でこういう見解を度々記しているとのことです。
  •  私は日本が子供の天国であることを繰り返さざるを得ない。世界中で日本ほど、子供が親切に取り扱われ、そして子供のために深い注意が払われる国はない。ニコニコしている所から判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらしい。*3
 イギリス人の女性旅行家であるイザベラ・バードは、明治11(1878)年に日光を旅行した際、日本の大人たちの子どもへのスキンシップや愛情をかける様子について次のような文章を残しています。
  •  私はこれほど自分の子どもに喜びを覚える人々を見たことがない。子どもを抱いたり背負ったり、歩くときは手をとり、子どもの遊戯を見つめたりそれに加わったり、たえず新しい玩具をくれてやり、野遊びや祭りに連れて行き、子どもがいないとしんから満足することがない。他人の子どもにもそれなりの愛情と注意を注ぐ。父も母も、自分の子どもに誇りをもっている。毎朝六時ころ、十二人から十四人の男たちが低い塀に腰を下ろして、それぞれ自分の腕に二歳にもならぬ子どもを抱いて、かわいがったり、一緒に遊んだり、自分の子どもの体格と知恵を見せびらかしているのを見ると大変面白い。*4
 私の幼年時代、昭和30年代後半~40年代前半は高度経済成長期にあり、核家族化が始まっていたとは言え、その土地の出身者ではない者の集合体である団地であっても「ご近所付き合い」があって、NHK紅白歌合戦の視聴率が70〜80%あり、そこに住む人たちはだいたい同じような価値観を持ち、まだ共同体的な雰囲気が残されており、「他人の子どもにもそれなりの愛情と注意を注ぐ」風潮が残っていたと記憶しています。コンビニがあるわけではないので、切れた味噌や醤油の貸し借りがお隣同士で行われ、迷子が出れば、近所の人たちが総出で捜索に協力するようなこともありました。しかし、そうした子どもたちを近所の人たちが包み込むように見守る環境は、現在の都市部では望みにくくなっています。

 当時と現在とでは、子どもとおとな、子どもと子どもの触れ合い方もずいぶん変わって来ていると言えるでしょう。今や他人の子にうかつに触れれば不審者と間違えられかねないし、子どもどうしの遊びにもからだとからだが激しく密着したり、ぶつかり合うような「肌で感じ合う」遊びは、テレビ・ゲームのような脳内でのエネルギー消費をもっぱらとするものに駆逐されて流行らなくなっています。

 図版1は、ルノワールが妻と子をモデルにして描いた作品「授乳する母親」です。母親が屋外にある椅子に腰掛けて幼児をしっかりと抱きとめ、子は口で乳首を吸い、全身で満足感を示す様子が表されています。19世紀後半のフランスでは屋外つまり人前で若い母親が乳房を露わにして幼児に母乳を与えることがありふれたことだったのか、あるいは、屋外であってもプライベートな場であったのかは不明ですが、幼児にとって母は「落ち着くところ」の原点であり、その子がこの世にしっかりと受けとめられ、居場所があるという実感を抱き、健全な自己肯定感を養うための原型的な光景です。

 昭和20年代の終わりの日本のある地方の農家、たぶん夏だと思いますが、農作業の合間に若い嫁が乳房だけではなく、上半身を露わにして真っ裸の赤ん坊に授乳している姿を撮影した写真があります。そこでは乳児の口が母親の乳房に吸い付くだけではなく、母親と乳児の全身の肌が接しており、それを嫁にとっては義理の両親と思われる祖父母も微笑みながら手を添えて見守っています。まだ、乳房が「女」であることよりも、「母」であることのシンボルだった頃の風俗であり、私の幼年時代の記憶でも、列車などで若い母親が乳房を出して赤ん坊に授乳する姿はめずらしくありませんでした。時代は変わり、今、私が非常勤講師を勤める女子大学の授業でその写真を見せながら、夫の両親の前でこういう姿になれますかと質問すると、「ぜったい無理です!」という応えが返って来ます。
 

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