週刊あはきワールド 2018年11月14日号 No.593

生命に学ぶ鍼灸医学 第6話

学ぶ

~一の視点~

一元流鍼灸術代表 伴尚志 


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■この連載について

 この文章の目的は、鍼灸医学の基礎の解説をすることにあります。東洋医学的な鍼灸を、原理的に煮つめて以下の条項にまとめました。2018年6月から1年間をめどに毎月配信しています。よろしくお願いします。
  1. 東洋医学的な鍼灸を探求した人々は、聖人を目指していました。その聖人とは超能力者ではなく、求道者のことです。
  2. 鍼灸治療の目標とは何でしょうか。その基本は、生命を調えることにあります。そこを見ることができるから、今を磨く養生を提言することができるわけです。
  3. 鍼灸医学は単なる症状とりのための技術ではありません。生を応援するための技術です。深い治病はその後についてくるものです。
  4. 診ることを磨くために弁証論治があります。時系列の問診をして生命の流れを診、四診をして今の状況を診、構造的に考えていくことによってその生命状況を見極めます。
 さて、東洋医学的鍼灸は求道者によって創始され、江戸時代の求道的な精神を背景にして、気一元の身体観とともに花が咲きました。

 探究の焦点となる、自分自身を見つめる心の位置と、四診をする心の位置はおなじです。これは、神道―仏教(禅)―儒学(古義学)を貫く一点となります。「自己の内面を祓い浄め、磨き出された自己の中心をもって、他者を診」ます。

 「いのち」に触れてそれを表現したものには、リアリティーにおいて軽重があることが、この心の位置を定めてみると理解できます。リアリティーに近いものほど言葉は少なく、遠いものほど言葉は多くなります。このことを「知の構造」と題して3回目、図にし解説しました。

 ありのままに見、あるがままに表現するという行為は鍼灸師にとって、四診と治療としてそのまま日々の臨床に繋がります。そのため、見るとはどういうことなのか、どのような心の位置でみるのかということについて4回目まで、ていねいに述べてきたつもりです。

 5回目である前回は見ている対象である「生命」の、揺らぎについて述べました。四診として表現されている身体の状態だけでなく、症状や病気も「生命の揺らぎ」に包含されています。これは非常に大切な概念です。ここが理解できているかどうかで、生命の医学である養生医学と、疾病治療のための医学(中医学や西洋医学)とが、大きく隔たってきます。

 さて、今回は、この「生命の揺らぎ」、揺らぐ生命そのものである「一」について、「一の視点」「「一」の括り」「中心をもった一」と題して、それぞれお話することとします。

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