週刊あはきワールド 2018年12月5日号 No.596

からだに触れる からだで触れる 第6回

「抱擁」は「涙」と似ている

いやしの道協会会長 朽名宗観 


◎過去記事≫≫  もっと見る

6.「抱擁」は「涙」と似ている

 さて、再び「からだに触れる からだで触れる」の具体的な振る舞いに注目してみます。

 私が小学校2年生のとき、同級生の女の子が好きになり、何かのきっかけでそれを告白すると「私もよ」という応えが返って来ました。そのとき思ったことをはっきりと覚えていますが、「この子と一つになるには抱き合うしかないのかなあ」ということです。しかし、実際には抱き合うことはおろか、手を握ることもなく、特に二人で一緒に遊ぶということもありませんでした。もちろん性愛に関する知識など全くなく、ただ同じクラスにいてその存在を感じているだけで、「ああ、良いなあ」という情動が湧いてくるという幼き日の初恋です。青年期以降、好意を寄せる女性を抱擁したときに腹の底から湧き上がって来たものの核にあった「一つになりたい」という感情は、この小学2年生の時に発したものと全く変わりがありません。

 しかし、青年期となれば、性愛に関する知識があるので、「抱き合う」だけではなく、その先があることを知っているわけですけれども…。からだとからだが触れ合うということでは、性愛は大きな意味を持っています。人の場合、性愛は単なる生殖のためにあるだけではなく、異性間に限らず、同性愛でも互いが結びつき、溶け合う方法としてあります。それについて詳しく立ち入ることは、私の経験が不足しているということでここでは控えておきましょう。
 

(続きはログイン・ご購読後にお読みいただけます)

この記事の続きをお読みいただくためには、週刊『あはきワールド』(有料コンテンツ)のご購読手続きが必要です。

ご購読の申し込み ログイン(ご購読済みの方はこちら)




トップページにもどる