週刊あはきワールド 2018年12月19日号 No.598

全力で治す東西両医療 第32回

ともともクリニック全力カンファレンス中継(21)

~『素問』、『霊枢』ではどのように病証を捉えているか~

 (1)荒川和子(2)木村朗子(3)石川家明 


◎第31回 ともともクリニック全力カンファレンス中継(20)
      ~ぼくらはみんな、生きている~
      (荒川和子・木村朗子・石川家明)
◎第30回 ともともクリニック全力カンファレンス中継(19)
      ~後世派か古方派か、どちらを応援しますか?~
      (荒川和子・木村朗子・石川家明)
◎第29回 ともともクリニック全力カンファレンス中継(18)
      ~古代人は神経内科医だった!是動病と所生病から紐解く~
      (荒川和子・木村朗子・石川家明)
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(1)荒川和子:清友会 山田整形外科胃腸科肛門科
(2)木村朗子:ともともクリニック院長
(3)石川家明:TOMOTOMO(友と共に学ぶ東西両医学研修の会)代表

 治療すべき経脈をどのように定めるのか。古来、鍼灸家は病位を定めるために主として縦に走行する経絡をたどっていく。また経脈の持つ「症候群」(是動病と所生病)を見極め、当時あった何種類もの脈診を使って、治療する経脈を選んでいたようである。

 さらに、十二経脈病だけではなく、患者の持つ多様な症状に対しても着目をしていた。それぞれの古典的病証に対して三陰三陽または臓腑の概念を対応させて治療すべき経脈を定めていた。

■古典的病証をあげてみる

石川『陰陽十一脈灸経』に今でいうところの「症候群」(是動病と所生病)があり、その経脈上を治療していました。それがかなりそのまま『霊枢』の経脈編へ伝わっていました。それでは東洋医学が、他にどのような病証で捉えているかを考えてみましょうか。

荒川「腰痛」と「痹症」はすぐ浮かびます。あと何がありましたっけ…。あっ「偏枯」、「咳嗽」もありましったっけ? ちょっと、調べますね。

木村「頭痛」、「熱病」、「真心痛」はありそうですね。石川先生がチャングムを解説してくれたときに字幕の漢字で出ていました。チャングム解説シリーズの勉強会は面白かったですね。

荒川 ホジュンのシリーズも勉強になりました。ドラマだからといって必ずしも荒唐無稽ではありませんでしたね。

石川ホジュンは『東医宝鑑』の筆者、許浚の生い立ちでした。江戸時代の暴れん坊将軍で有名な八代将軍吉宗が日本に輸入した書です。

木村「赤ひげ」の時代ですね。1700年代でしょうか。学校で習った亨保の改革の時でしたね。一気に1700年代に飛んじゃった。失礼しました。(笑)

石川でも、東洋医学の古典的な病証名を考えるのだから参考にはなるね。小石川養生所を設置したのも彼です、彼って、三船敏郎ではないですよ。吉宗です。(笑)

木村目安箱も吉宗の政策からですね。小石川養生所の側に立てて、庶民の意見を聞いたという。斬新な政策を立てましたね。

荒川赤ひげのパロディで胡麻麦茶の宣伝で放映していますね。(笑)

石川イチローカワチ先生も「赤ひげ」を見てくれたでしょうかね?

木村貧困と無知が病を作るといったテーマはまさにいま最先端の社会疫学の話ですね。まあ、言葉は原作の山本周五郎からですが。

石川うん、でも、赤ひげのモデルの町医者が目安箱に下層民の治療を訴えたら、翌月にはもう吉宗が命令して小石川養生所を作ったわけですから。さすが暴れん坊将軍ですよ。

木村『東医宝鑑』のあらましについて、先生の講義を学生の頃に、確か埼玉の整形外科病院だったと思いますが、そこで聞いた事があったと今思い出しました。やはり李朱医学を朝鮮医学と結び付けていたとの内容を記憶しています。江戸中期までは、まだ李朱医学の影響があったわけですね。

石川将軍直々に輸入した書ですからね。ただ、明の李朱医学です。時代が一気に飛んでしまったので、『素問』『霊枢』の時代に戻りましょうか。

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