週刊あはきワールド 2019年1月9日号 No.600

からだに触れる からだで触れる 第7回

暴力としての「触れる」

いやしの道協会会長 朽名宗観 


◎過去記事≫≫  もっと見る

7.暴力としての「触れる」

 からだに触れることが人をいやしたり、安心をもたらしたり、われわれが専門とする鍼やあんま指圧マッサージなどの手技療法では病を治療する方法そのものとして大きな役割を果たす一方、反対に虐待、拷問、体罰、殺傷術としての武術などでは、殴る、叩く、打つ、切る、刺す、投げる、締めるなどの触れ方で人を傷つけたり痛めつけたりする、暴力として振るわれることもあります。

 その最前線となっているのも肌であり、肌の感受性はその人の置かれた環境によって変化し、場合によっては過剰に敏感になったり、あるいは鈍感になったりします。特に子どもの虐待という肌への触れ方は脳に器質的な変化までもたらし、肌で感じとるような人との折り合いがうまくできなくなるばかりではなく、その子の心身両面にわたる成長に大きな影響を与えることが最近の脳科学の研究で明らかになってきました。

 1969年に4人の連続射殺事件を起こし、1997年に死刑が執行された永山則夫は、幼年時代に母には遺棄され、兄からは虐待を受けるという育ち方をしており、それが後年になって事件を起こす精神的な背景になったとされます。永山は服役中に文学の創作活動をはじめ、自伝的な小説「木橋」は第十九回新日本文学賞を受賞しました。そこにほぼ永山自身と考えられる「N少年」が兄からの暴力をふるわれたときの様子が描写されています。

(続きはログイン・ご購読後にお読みいただけます)

この記事の続きをお読みいただくためには、週刊『あはきワールド』(有料コンテンツ)のご購読手続きが必要です。

ご購読の申し込み ログイン(ご購読済みの方はこちら)




トップページにもどる