週刊あはきワールド 2019年5月1日号 No.616

未来への灯火 その2

東洋医学とユマニチュード

~全日本鍼灸学会愛知大会での認知症セッションを前に~

 東郷俊宏 


 
 2011年11月、ISO/TC215の国際会議から帰国して間もない頃、買い物から帰った母が自宅玄関で転倒しました。尋常ではない唸り声を上げて苦しむ母を介護タクシーに乗せ、近くの整形外科でレントゲンを撮ったところ、尾骶骨に骨折がみられるとのこと、発熱もあるので総合病院の受診を勧められ、そのまま日産玉川病院に搬送しました。発熱は肺炎に由来するものとわかりましたが、尾骶骨骨折は手術の適応ではないため、抗生剤のみ処方され、翌日退院することになりました(というより「当たり前のように告げられた」というニュアンスです)。さて、半日で自宅での介護体制を整えなくてはなりません。緊急だったため安心すこやかセンターの職員がケアマネジャーを紹介、介護用のベッドやヘルパーの手配等を進めてくれました。また、父はすでに軽い認知症があったものの、百貨店に出掛け、ポータブルトイレを買ってきてくれました。

 1階の応接間にベッドとポータブルトイレを置き、即席の介護生活がスタートしました。介護認定は未然でしたが、ヘルパーさんが毎日のように訪れるようになりました。清拭のために沢山のタオルを使っていくので、毎晩のように洗濯をしなくてはなりません。冬に向かう季節だったので、手がかじかむのを感じながら冷たい水を含んだタオルを干し、夜はベッドサイドで母のうめき声を聞きながらISOに提出する日本提案の文書を英文で作成する日々が始まりました。

 突然始まった介護生活。何もかもが新しい経験で、戸惑うことの多かった時期ですが、今でも鮮明に覚えているのは排泄時の介助です。小用の方は、以前から使用していた尿取りパッドを少し大きめのものに変えて下着にあてがい、量が溜まったら取り替えたのですが、問題は大便です。尾骶骨周辺だけでなく全身に拡がる激痛に大きな声を上げながら、必死の形相でトイレに「行こう」とするのです。側で待機している私が、当時体重70キロ近くあったであろう母の体を抱えてポータブルトイレに座らせ、用を足していたのでした。最初に母の手を私の首にまわしてから身体を起こしていくのですが、痛みのために荒い息づかいをさせながら、私の首にしがみついてきたときの母の重さを忘れることは出来ません。この時に、「女性は排泄物で自分の下着を汚したくはないのだ」と強く刻まれていきました。

 それから6年近くが経過し、その間に母は2度の大腿骨骨頚部骨折、肺炎(介護で弱った私が罹患した溶連菌感染が原因と思われます)と膀胱炎で入院加療を受けました。度重なる入院の過程で認知症を発症、リハビリについても早期のリハ開始と筋力維持をお願いしましたが、視力と聴力に障害がある母は、PTからの指示が入らない重度の認知症患者として扱われ、2度目の大腿骨骨折で2ヶ月近い入院生活を送った後、2016年11月に退院時にはすでに筋力も大分落ちていました。毎日病院に通って食事介助などをしていた私も体力が尽きて、週に二日のショートステイを利用することにしました。

 翌2月に再び発熱がみられ、主治医の勧めで入院、検査したところ、膀胱炎であることがわかりました。発熱は2日ほどでおさまりましたが、カテーテルは3週間ほど継続したため、退院時にはさらに筋肉が落ちて骨と皮だけに近い状態になっていました。また、気道への分泌物が増加して、頻回の痰の吸引が必要になっていました。

 そして7月。ショートステイ先からも、血中酸素濃度が低下し、これ以上の痰吸引は施設ではできないと言われ、母は自宅で最期を迎えるのを待つ身となりました。自宅に戻った後に開いた担当者会議で主治医はその場に居合わせたスタッフを前に「東郷さんはすでに自宅で看送ることを決めていらっしゃる。皆さんもそのつもりで対応をお願いします」と告げ、特別看護体制に入りました。訪問看護師が毎日2回以上訪問して吸引や排泄の介助をしてくれます。その時点での排泄介助はすでに摘便になっていました。転倒の恐れがあるからです。

 思えば、それまでの6年の間、入院期間中はできるだけ見舞いに行きましたが、排泄の状態を観察する機会は少なかったでしょうか。看護師さんから「ちょっと失礼します」といって病室のカーテンを閉められて行われていたのが排泄介助であったと思います。

 6年前、あれだけ私にしがみつきながらトイレに座ろうとした母の姿はなく、中宙をみつめたまま表情も変えず、肛門を探られるのに身を任せるままになりました。
 

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