週刊あはきワールド 2020年1月8日号 No.648

からだに触れる からだで触れる 第19回(最終回)

ある統合失調症患者の臨床を巡って

いやしの道協会会長 朽名宗観 


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19.ある統合失調症患者の臨床を巡って

 最後に私の臨床での経験について述べます。

 患者は66歳の男性で、18歳時に統合失調症を発症(当初の診断名はうつ病)し、精神病院での長期の入院歴があり、重症ではあるが、本人と同居する姉の強い希望により(姉弟の二人暮らし)、精神科医、看護師、ヘルパーの訪問を受けながら在宅療養を行っています。

 2015年9月に浴室で入浴中に転倒し、頭部を強打し、救急車で病院へ搬送されて応急処置を受け、自宅に戻ったものの、全身の自動運動が著しく減弱し、ベッド上でほとんど寝たきりとなり、往療を要請されました。初めての訪問時には、脊髄損傷の疑いもあったので、上下肢や首の自動運動を確認しましたが、すべて弱いながらも運動可能なので、脊髄損傷はないと思っていました。後に精密検査の結果がわかり、やはり脊髄損傷はないことが判明しました。そこで、鍉鍼と灸治療をした後にマッサージを取り入れながら上下肢の機能訓練を行い、日常生活動作の回復が施術の主な目的となりました。

 施術するにあたっての大きな問題点として、コミュニケーションを成立させることの難しさがありました。それは二つの意味での困難さであり、一つは本人の発する言葉がほとんど理解不能であること、もうひとつは人に対しての拒絶的態度が非常に目立つということです。ほとんど全ての人に対して「お帰り下さい」と言いながら、その人のカバンを玄関まで運んでいく、トイレへ行くなどの生活に必要な他人からの指示に従おうとしない、からだに触らせようとしない、などのことがあったのです。また、最も信頼し、依存している姉に対しても、感情の両価性があり、昼には依存的な行動が見られるのに対して、夜になると「出ていけ」と迫り、時には首を締める動作までもするという状態だったのです。弟の介護に由来する心身症的な要素が濃厚と思われる、その姉の腰痛、肩こりの鍼灸治療も併せて行うことになりました。

 私の施術も拒否される可能性がありましたが、施術するにあたってまず基本方針としたのは、「心地よさ」であり、本人が望まないことは行わないこととしました。まず、頭部の邪熱、首肩や上半身の緊張を取るために鍉鍼を用い、商陽への施灸をしましたが、これは受け入れられました。「頭をスッキリさせるためにこれをやりましょう」と言いながら鍉鍼を見せると、自ら進んで頭をこちらに近づけ、井穴への灸も「熱い」と言うことはあっても、手を引っ込めたり、もぐさを払うようなことはなかったのです。どちらも、「心地よい」こととして受け入れられたようです。ベッド上でのマッサージをしながらの自動運動法は強要や無理をしなかったので継続することができました。運動法をリードすることは息を合わせることが基礎となるので、運動機能の向上ばかりではなく、施術者と患者とが交感を深めるのにも役立ちます。

 施術が順調に進み、運動機能が回復してベッドから起き上がれるようになり、室内を歩けるようになってからは逆にベッドを嫌って、昼も夜もソファーに座ったままになってしまう時期がありました。ベッド上にからだに良くない光線が注がれているという妄想に取り憑かれたのが、その原因です。どう説得しても、ベッドに寝ることはなく、ソファーに座ったまま夜通し眠っています。妄想からの指令を遵守し、身体的には心地が良いとは到底思われない状態に固執してしまったのです。そのままではエコノミー症候群のような弊害が起こらないとも限らず、予防のために弾性ストッキングを着用するようになりました。

 そこで私が案じた策は、からだを水平に横たえることの「心地よさ」をからだに思い出させることです。まずは別の部屋の畳の上にからだを仰向けに横たえるように導きました。初めは全身に力が入ったままで脱力できず、頭を畳につけることさえ拒もうとしていましたが、からだの強張りをほぐすような施術を繰り返すことで仰向けになることを促せました。脱力して横たわることで、ソファーに座ったままの睡眠の疲労感がほぐれる「心地よさ」が身に浸透しはじめた頃、ベッドの横の床に布団を敷き、そこで施術するとそのまま寝入ってしまったのです。それからベッドに再び横たわるようになったのは、間もなくのことでした。

 運動機能もだいぶ回復し、歩ける距離も伸びて来てからは、さらに〈つながり〉を深めるためには、どうすればよいかを考えるようになりました。機能訓練は施術者が一方的に何かを行うのではなく、患者自らに進んで動いてもらわなければなりません。他からのそうした指示に拒否的になりがちであったことから、何らかの工夫が必要だと思ったわけです。そこで考えたのが、図版6に示すようなことです。
 

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