週刊あはきワールド 2020年2月5日号 No.652

【新連載】シリーズ<いやしの振る舞い学>を工夫する 第1回

在宅療養の現場からの報告(1)

こんな女に誰がした

いやしの道協会会長 朽名宗観 


からだに残る記憶

 高木恵子(仮名)さんは60歳代半ばであったが、若年性のアルツハイマー型認知症になった。症状が進み、家事全般や一人での外出はできなくなっており、日常生活も御主人の支えがなければじゅうぶんには送れなくなっていた。私はこの方の変形性膝関節症の鍼灸治療のために往療していた。

 鍼灸治療が終わると、いつも御主人をまじえてお茶の時間となる。その時間に昭和20年から30年代前半の日本の日常的な生活風景が収録されている写真集を見てもらったことがある。脳裏に残っている、自分が若かった頃の記憶をよみがえらせ、それに触発されて情動が起こったり、何かを語ってもらったりすることで心や脳のはたらきに刺激を与えようとする、「回想法」の試みである。

 そうした写真の中に若い母親が、庭先で幼児を木製のたらいで行水させている写真があった。農家だと思われるが、今の都会ではめずらしくなってしまった土の地面が当然あって、樹木に囲まれた広い庭での光景である。おそらく1歳に満たない男の子が、たらいの横にしゃがんだ母親にみまもられながら水を浴び、まわりにいる放し飼いの鶏に気を引かれて手をさしのばしている。季節は間違いなく夏であり、おそらく蝉の声がしきりと鳴り響いていたはずである。

 昭和30年代には似たような光景は、ありふれたものとして各地でよく見かけられたであろう。私自身にも幼児の頃、たらいでの行水の経験があり、夏の熱気と匂いの中で、水面が光を反射し、水が肌にまとわる感触やゆらぐ音などが、からだの記憶として残っている。

 高木さんは、この写真に強く反応した。母親が幼い子をみまもる姿は、母性もゆさぶったかもしれない。普段は口が重く、表情の変化に乏しいが、写真を見た瞬間に明かりがともったように笑顔がこぼれた。故郷で自分もたらいで水浴びをしたことがあり、鶏を飼っていたことも話しはじめた。水は水道ではなく井戸からとったことなど、御主人や私からの細かな質問にもすぐに応じた。おそらく高木さんも私と同様に幼き日の行水の記憶が、なつかしさを帯びたからだの感覚として残っていたのであろう。

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