週刊あはきワールド 2020年7月1日号 No.672

シリーズ<いやしの振る舞い学>を工夫する 第6回

在宅療養の現場からの報告(6)

老いに立ち会う

いやしの道協会会長 朽名宗観 


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老いへの不安

 吉光さん(仮称)は75歳になる主婦で、ご主人と二人暮らしだった。子どもは息子さんがひとりいるが、独立して所帯を構えていた。80歳を越えているご主人はすでに引退しているが大学で教鞭をとっていた学者であり、吉光さんも若いころから日本の古典文学に関心を持ち、同人誌に本格的な評論や随筆などを寄稿し続けているという学究肌のふたりだった。夫婦仲は良好ではあるが、互いに過度に干渉し合うことなく、それぞれの自由を尊重しているという雰囲気の家庭である。

 ある年の10月末に吉光さんは風邪をひき、食欲不振、からだの重だるさ、不眠傾向および精神的な不安感がつづき、ご主人の往診治療を定期的に続けていたのが縁で、11月初めから鍼灸治療の往診をすることになった。

 診察した結果、柴胡桂枝乾姜湯証に相当するだろうと判断し、それに対応するような鍼灸治療を行ったが、吉光さんからしばらくの間、続けて来てほしいとの希望があったので、ほぼ連日通うこととなった。

 刺鍼する度に腹鳴が起こるほど敏感なタイプで、汗をかくことなどで風邪による身体的な症状は軽減していったが、何とはなしにある不安感とうつ傾向がなかなか解消されなかった。

 吉光さんの話によれば、この年の春に長い間、音信のなかった友人から夫を亡くしたということで、「今の孤独感を話せるのはあなたしかいない」との電話があったそうだ。久しぶりに会ってお茶を飲むこととなり、友人から心情を吐露されて、それに共感して「気の毒」を受けてしまったらしく、その孤独感が吉光さんにも伝染したことがわかってきた。

 実は、そうなるにはもうひとつの原因があったのである。この頃、吉光さんは日常的に自分で置いた物の場所がわからなくなる、同じ食品を何度も購入して冷蔵庫がいっぱいになるなどのことが目立ち、家族やヘルパーが認知症の疑いを抱くようになっていた。そのような異変は本人もはっきりとは言わないが、うすうす気づいていたと思われる。その証拠にこういうことばが度々繰り返された、「75歳が近くなって、今までとは違って強く老いを感じるようになりました」。

 友人から聞かされた夫を亡くした孤独感が、老いによる異変への不安感が芽生えていた吉光さんの心に貼りつくのは容易なことだった。私に「毎日、来てほしい」と望んだ裏には、風邪を引き金にして老いに対する抑えがたい不安感が発作的にふくれあがり、それを何とかやわらげたいという気持ちがあったのだろう。

 11月末に13回目の治療を行ったとき、その不安感もしずまって、一応の心身の安定が見られたので、連続的な訪問は終わりとなった。そして、体質改善を目的とする週1回の鍼灸治療が続けられることになった。

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