週刊あはきワールド 2020年8月5日号 No.676

シリーズ<いやしの振る舞い学>を工夫する 第7回

鼠と話すのもなかなかつかれる~治療家のイニシエーションの物語~(1)

1.山の上にひとりで 2.お年寄りの孤独

いやしの道協会会長 朽名宗観 


◎過去記事≫≫  もっと見る

1.山の上にひとりで

 私は東京にある臨済宗の寺院・勝林寺を会場に借りて、いやしの道協会内で立ち上げた東京接心会という自主研修会を主宰している。そこでは鍼灸の学や技の習得ばかりでなく、住職の指導で坐禅をし、また、広い意味での「いやし」にかかわる内容を含んだ本を取りあげてそれについての講義なども行っている。

 そこで取りあげた本の一つに、アメリカ先住民の伝統医療の担い手、すなわち、メディスンマンであった古老が自分の人生、ネイティブ・アメリカンのスピリット、白人による迫害の経験などについて語ったことを記した『レイム・ディアー ヴイジョンを求める者』(ジョン・ファイアー・レイム・ディアー口述、リチャード・アードス編、河出書房新社)の第一章「山のうえにひとりで」がある。 

 ネイティブ・アメリカンの少年は、大人になる年齢に達すると食料も水も持たず、山や砂漠などの荒々しい自然のふところ深くにたった一人で入り、飢え、咽の渇き、寒さ、孤独、恐怖などにさらされながら数日間を過ごすことになる。そして、偉大なる精霊に向けて心の底から祈りを捧げ、何らかのヴィジョン、一種のお告げ(ことばとは限らない)が訪れることを必死で求めるのである。

 すると、多くの場合、コヨーテ、鷲、熊、狼などの動物たちが、振る舞いやことばを通して何らかのメッセージを伝えてくる。現代の深層心理学的な言い方をすれば、身心を過酷な状況に追い込んで、意識の深層の働きを活性化させて、そこから重要な意味を持ったインスピレーションを授かるのだ。

 一定の日数が過ぎると先達が迎えに来て、山中(砂漠)で起こったことすべてを話し、その意味を解釈してもらい、新たな名前が与えられ、大人の青年として人々に迎えられるようになる。その時のヴィジョンから得たメッセージは、その人の一生に関わる大切な知恵となる。

 本書全体は750余頁に渡る大著だが、第一章はわずか15頁ほどにしか過ぎない。しかし、そこには子どもが大人として認められるための通過儀礼であるヴィジョン・クエストの典型があり、読者は親や親族に庇護されて育った少年が、ひとりの自立したメディスンマンとして生まれ変わる瞬間に立ち合うことができる。今回、講義のために再読してあらためて感じたことは、さまざまな相での「つながり」ということである。

 ヴィジョン・クエストとは、本のサブタイトルが示すようにヴィジョンを求めることであり、そのヴィジョンはそれを見た人の一生を支える生きる指針となり、価値の源泉となる。禅でも悟りの経験を見性(けんしょう)というが、これは自性を見る、つまり本来の自己と出合うことであり、その意味では禅の修行もヴィジョン・クエストと言えなくもない。いや禅にかぎらず、生の本質を身心全体でつかもうとするあらゆる宗教的な行法の原型に通じていると言っても良い。
 

(続きはログイン・ご購読後にお読みいただけます)

この記事の続きをお読みいただくためには、週刊『あはきワールド』(有料コンテンツ)のご購読手続きが必要です。

ご購読の申し込み ログイン(ご購読済みの方はこちら)




トップページにもどる