週刊あはきワールド 2020年11月11日号 No.689

【新連載】往復書簡 第1回

「未来への灯火」を読んで

 石川家明vs東郷俊宏 


全力で治す東西両医療」や「緊急アピール」などで週刊『あはきワールド』でもおなじみの石川家明氏は、かねてから「未来への灯火」(同マガジン連載)で異彩を放つ斯界の鬼才、東郷俊宏氏に興味を抱いていたという。心にしまっていた感想や疑問、質問などをいつかは東郷氏にぶつけ、書簡を交わしたいとずっと思い続けていた。その思いがこのほど実現し、石川家明vs東郷俊宏の往復書簡(メール)が交わされ、本マガジンの読者にもその内容が開陳されることになった。なお、連載にあたって、実際に交わされた往復メールを両氏が見直し、さらに編集上手を加えたものをここに掲載する。(編集部)
 

石川家明(いしかわ・いえあき)

 1976年、石川鍼灸院開業。1980~82年、神奈川県立七沢リハビリテーション老人病院研修生。1995~2010年、神之木クリニック東洋医学科室長。2000年、「石川ゼミ(現ともともゼミ)」設立。2003年、医大生・医師との相互勉強会「TOMOTOMO(友と共に学ぶ東西医療)」設立。2012年、ともともクリニック開院。鍼灸専門学校非常勤講師を40年間で5校を歴任、現在退職。『臨床針灸処方の実際』1995年緑書房、『薬膳学』1996年生活クラブ生活協同組合、『首こり肩こり解消法』2011年旬報社、『臨床推論―臨床脳を創ろう』2019年錦房社。
 

東郷俊宏(とうごう・としひろ)

 東京都出身。東京大学文学部卒業後、演劇好きが高じて舞台照明の会社に入るも健康上の理由で退職。明治鍼灸大学大学院修士課程修了後、京都大学人文科学研究所(科学史研究室)にて助手を6年間務めた後、鈴鹿医療科学大学、東京有明医療大学、同大学院にて鍼灸教育に従事。2005年より鍼灸分野の国際標準化に日本代表の一人として会議に出席。2014年から3年間日本東洋医学サミット会議事務総長。医学博士(順天堂大学)。現在、鍼灸サロンえれじあぷらて~ろ主宰。

◆石川→東郷へのメール
 (2020年7月18日送信)(最終更新2020年10月29日)

東郷俊宏先生

 今日はネルソン・マンデラ国際デーで、さらに生誕100周年です。国連は彼の95歳の生涯のうち、67年間を自由と平和のために闘ったことにちなんで、67分間を社会奉仕のために行動を起こそうと呼びかけました。さて、どうしたものかと考えたのですが、その内の27分間を鍼灸界のために、先生宛のお便りに使わせていただこうと思い立ちました。


石川家明氏
 あはきワールドの連載随筆「未来への灯火」を楽しみにして読んでいる一ファンです。その読後感を述べさせていただきたいと思います。

 <その3 瀬戸から南アフリカの海を望む>を読んで、あの南アフリカのネルソン・マンデラ大統領を治療していた日本人の鍼灸師がいたことを初めて知りました。随想はその後、ISO/TC249国際会議で出張された南アフリカでの苦労した思い出話が綴られていました。今は四国におられる先生は、晴れればまばゆい瀬戸内の海から、はるか遠く南アフリカの海を望んでおられたのですね。国際的に活躍されているばかりか、歴史学者の一面を持つ先生ならではの時空を越えた気宇ある描写でした。

 私も3年前にまばゆい瀬戸内を訪れました。岡山県長島にあるハンセン氏病の療養所、長島愛生園にです。神谷美恵子氏の著作の影響の他に、日本の医療史で無視できない場所であるからです。そんなことからも先生のお書きになった<その1 ハンセン病患者の隔離と闘った医師~小笠原と東洋医学~>の話も興味深く読ませていただいています。ゆっくりと時間をかけて廻れた長島愛生園の図書室では、小笠原登先生の紹介や書籍があり、そこで彼の業績を初めて知る事となりました。悲しい歴史遺産が島内に漂う空気のように留まっているのですが、それらと瀬戸内のまばゆい海の美しさが妙なコントラストとなって、今でも深く心に残っているたたずまいでした。

 <その2 東洋医学とユマニチュード>で書かれたユマニチュードは、私も初めて知ったときから日々足元にも及ばず地団駄を踏んでいます。お母様を介護した体験からいろいろの思いをお持ちだと拝察しています。私も認知症を通して、脳梗塞で最後は寝たきりになった実母を9年間、妻と共に介護しました。その後、今度は妻の両親を順に6年で合計15年の介護生活を体験しました。この間、妻はお使いの外出のみで旅行もできずに介護だけに時間を奪われていました。私も鍼灸の生業だけで精一杯となり、そのほかの鍼灸界の活動からすっかり身を引いていました。先生もお書きになっていましたが介護は突然始まるものです。業団仲間も、頼まれていた原稿もみな反故にしたりして多くの方々に義理を欠いてしまいました。寝たきり家族の介護の苦労は経験した者しか分からないでしょう。人生の道を変えるほどの強いインパクトでもあります。しかし、それが人生そのものでもあるのでしょう。それでも私たちの場合は、すれすれ介護保険制度が間に合っただけでも幸いでした。

 先生の他にもお書きになった文章から、先生のお母様を思いやる心持ちがひしひしと伝わってきて、しばし胸が締め付けられる思いでした。同時に我が介護の時代の反省が、イブ・ジネストさんの投げかけた言葉とともに胸から逆流して思い起こされます。「ケアは暴力だ」との言葉です。医療側、ケア側にいる私たちには気づかない本質を、看護学ではなく、体育学専攻で外部にいる彼の優しさが気づいてユマニチュードを創出したのでしょう。私たちには耳の痛い言葉です。ユマニチュードを医学書院からの情報発信で知ったのは両親達がなくなってしばらく経ってからでした。知っていることと出来ることとは違いますが、もし知っていたならばそれでも何かが違っていたかなと思うこの頃です。
 

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