週刊あはきワールド 2021年2月10日号 No.701

偏屈人的私講釈2(下)

『黄帝内経』は鍼医学の書なのか(2)

~原『黄帝内経』の作られた時期は・漢書の編者班固が記した医経の自注~

くすえだ鍼灸院 黒田俊吉 


原『黄帝内経』の作られた時期は

 そこでは、原『黄帝内経』の成立について整理してみたいと思います。

 原『黄帝内経』という書物は、紀元78年頃に後漢の班固によって編纂された『漢書』と言われる前漢の歴史書の中の「志」(誌とも書く)という図書目録の中の芸文志という芸文に関する目録に記載があります。

 ただこの志は、図書目録なので、書物の題名だけしか書かれていませんでした。

 この芸文志の大部分は、劉向(りゅうきょう–紀元前77年~紀元前6年)・劉歆(りゅうきん ? – 紀元23年)父子によって編纂された『七略』の中からの引用だとされています。

 『七略』は前漢の成帝時代(紀元前33年~紀元前7年)の宮中の蔵書を六芸略・諸子略・詩賦略・兵書略・術数略・方技略の六類の略に分類整理した目録です。

 『七略』は題名のごとく七分類ですが、1番目が輯略(しゅうりゃく)であり、全体の総目的な項目のため、実際の分類は六類の略となっているとのことです。

 ただ宮中蔵書は多岐にわたる文献が収集されているので、その整理に劉向は六芸略・諸子略・詩賦略の三分野を自分で行いましたが、その他は各分野の専門家に担当を任せたようです。医学に関わる方技略は、侍医の李柱国が担当したとあります。

 『七略』自体は散逸して現存しませんが、このように『漢書』の中の芸文志にその一部が残っているとのことです。

 『漢書』芸文志は、六分類が用いられ、六芸略・諸子略・詩賦略・兵書略・術数略・方技略の六略に分類されています。

 この中の方技略には、医経・経方・房中・神僊(仙)の四項目が記されています。
 

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