週刊あはきワールド 2021年4月14日号 No.709

しくじり症例から学ぶあはき臨床 その9

「病人のこころをとる」ということ

いやしの道協会副会長 三輪圓観 


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 麗しい女性患者さん。症状からきっと眼窩刺が効くと確信。目元へ消毒綿をスッと当てたところ、それだけで見事に消え去った。症状ではなく、片方の眉毛が。「あ」に濁点をつけた声「あ゛」は、こういう時に漏れるのだと学んだ。

 すぐに謝ると笑ってくださった。化粧ポーチは近くのご自宅に置いてきており、「帰って直すので大丈夫です」とのこと。「もう片方も消しておきましょうか?」と尋ねるのは、少し考えてやめた。鍼灸学校の卒業と同時の開業から間もない頃の話である。

 まず笑い話を挙げたが、十二指腸潰瘍だった方を「胆石かもしれません」と医科受診を勧めたこともある。内臓病変はあったのだから受診してもらったこと自体は良かったものの、患者さんからすれば誤診。信頼を失ってしまったような失敗もしている。

 ある病気が教科書通りの症状を伴わないことは多いものだが、以後、ちょっとおかしいと感じた時は、確信があっても具体的な病名は口にせず、「ここらへんがおかしいかもしれないので病院へ行ってみてください」と声かけするようになった(もともと鍼灸師は診断をしてはいけないことになっているが、患者さんへの最善の対処を考えるために鑑別自体は非常に大切である)。

 鍼灸師には研修医のような制度が整備されていないので、本では見たことのある病気を生身の患者さんはどのように訴えるのか、実際の臨床のなか手探りで学ぶしかないことがほとんど。これは業界全体の課題の一つだろう。

 医療過誤についてはどうだろうか。少し古い資料だが、手元にあった『鍼灸マッサージに於ける医療過誤 現場からの報告』を開いてみた。

 折鍼、気胸、感染、症状の増悪、内出血、神経損傷、火傷、衣服を焦がすなど、昭和50(1975)年から平成14(2002)年までの約30年間で賠償保険が適用された様々な事例が並んでいる。保険加入者の中での単純な年間発生率は0.6%と算出されているが、実際には、賠償問題まで達しないインシデントはもっと多いはず。こうした過誤は、注意している初心者よりもむしろ、年数を重ねてちょっと慣れてきた施術者に多いようである。読み返して、改めて気をつけねばと心した。

 私自身は内出血や脳貧血を経験している。いずれも重篤な状態には至らず、その場の説明で理解いただいたが、脳貧血に対しては患者さんに仰向けに寝ていただき、足を少し高くするといった対処を知っていたことで慌てずに済んだ。

 こうしたインシデントについて、2011年以降の災害の被災地でボランティアとして活躍したのべ1000名以上の臨床家がどのような失敗をし、どのように対処したか、災害鍼灸マッサージプロジェクトのガイドラインの「インシデントマニュアル」中に示されている。日常臨床の中と変わらないことは多いはずなので、参考にしていただければ幸いである。
 
 さて、求められた臨床における失敗談は「学生や、免許取得後年数の経っていない方々向け」である。

 前置きが長くなったのは、15年も前のことなのに今も思い出すと深い後悔の念を伴う失敗について書こうとしているからだ。しかし、鍼の道に足を踏み入れたばかりの方に届けばと、何とか記してみる。

 患者さんは26歳男性、末期の腎臓がんである。「入院はしたくない」という本人の希望で自宅療養。初回の病院受診で家族には余命2カ月と告げられており、もはや抗がん剤も手術も適応でない中、少しでも治療になるものをと鍼灸を希望された。

 この方、とにかく前向きで明るかった。どうせ家に居るのだからと新たにギターを学び始め、収入がなくなったからと懸賞に応募しまくり、愚痴一つ言うことがない。病気を隠すこともなく、連日多くの友人たちが日本各地から見舞いに訪れていた。

 鍼について、本人ははじめ懐疑的だったが、ある時、肝臓に転移したがんが横隔神経を刺激してしゃっくりが2秒に1回絶え間なく出るようになった。夜も眠れなかったこの症状が偶然、中央太敦穴への鍼によりその場で嘘のようにおさまってからは、大いに信頼してくださった。

 そんな彼が、余命宣告から3カ月が過ぎた頃、「映画館で映画が見たい」と言う。その年の夏に公開されたスタジオジブリ監修の『ゲド戦記』に決まり、何かあった時のために私も同伴することとなった。

 しかし、経験豊富な医師が見立てた余命を越えており、体調は決して良くはない。ステロイドも大量投与されており、数週間もたない状況。おそらく彼が人生で見る最後の映画になるだろう。素晴らしい映画であってほしい。ところが、インターネットで調べてみると、すこぶる評判が悪かったのだ。

 がっかりさせたくないという思いのふくらんだ私は、自分と同年の彼に気安く、こう声をかけた。「調べてみたけど、あまり勧められない感じ。他のにしたら?」。

 すると彼は珍しく、というよりも治療させていただいていた中で唯一、不機嫌な様子をちらりと見せて「俺が楽しみにしてるんだ。周囲の人の評価は関係ない。自分が見たいと思ったものを見に行く」と言う。

 がっかりさせたくないという思いが湧いてくることは悪いことではない。しかし、それは私の我欲であった。私は残り時間ばかりを気にしていたが、彼は“今”を楽しむことを大事にしていたのだ。そんなこともわからなかった私は、この方に何も寄り添っていなかったことを突如として悟り、深く恥じた。

 1831年(天保二年)に葦原検校が著した『鍼道発秘』の余論にこんな一文がある。

 「凡(およ)そ鍼を用ゆる者は、先ず我が心を定め、次に病人のこころをとるべし。」

 治療者としての我を押し付けず、患者さんのこころをすくいとることができているか、と読む者に問う言葉である。

 若い方の末期がんというだけで動揺し、我が心も定まらず、病人のこころをとることもできなかったこの失敗を、私は今も忘れずにいる。

 なお、映画を見てから1カ月後、彼は旅立った。

 亡くなる2日前、ほとんど話すこともできない中で「鍼して、鍼して」とか細い声をかけられ、「うん、鍼しよう」と応えたのが私と彼との最後の会話である。翌日の晩、自宅で「もうがんばれない」と初めての弱音を家族に吐いてから12時間後、搬送先の病院にて亡くなった。

 彼は高校時代の3年間、共に楕円球を追った、私の無二の親友であった。

(参考文献)
1)『鍼灸マッサージに於ける医療過誤 現場からの報告』藤原義文 著 山王商事(2004)
2)『鍼道発秘講義』横田観風 著 日本の医学社(2006)

三輪圓観(みわ・えんかん)

本名:三輪正敬。東京都立大学人文学部心理学科卒業。都立国立高校ラグビーコーチ、心理職などを経た後、東洋鍼灸専門学校入学。2007年同校卒業と同時に東京都調布市にて敬風堂鍼灸院を開院。2011年災害鍼灸マッサージプロジェクトを発足。2013年より羽生総合病院漢方内科非常勤。いやしの道協会にて横田観風師に師事し、学・術・道を併せた医道の研鑽に励む。2014年より同会副会長。共著に『あはき心理学入門』(ヒューマンワールド)
 
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