週刊あはきワールド 2021年7月21日号 No.722

臨床万事塞翁が馬 その38

差し出がましくも刺手について

大阪漢方鍼医会 森本繁太郎 


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1.刺手

 古典鍼治療における押手に関しましては、これまで結構語られてきたんじゃなかろうかなんてな印象を持っているんですが…。ただ単に私が知らないだけの事かも知れませんが、刺手に関しましてはそれほどでもないように思うんですよね。その原因はいったいどこにあるんですかね?

 『難経』の七十八難には、左手つまり押手、そして右手つまり刺手との重要性の差のような事が書かれているみたいなんです。ベタに申しますれば、押手に気持ちを込めて鍼をする者の方が、刺手に力を入れて刺そう刺そうとする者よりも技術は上なんだとか、補法とは気を入れるようにする事であって、瀉法とは気を引っ張り出すようにする事なんだというような意味の事が書かれているみたいですが…。

 「七十八の難に曰く、鍼に補瀉ありとは何のいいぞや。
 然り、補瀉の法は、必ずしも呼吸出内の鍼にあらざるなり。
 然り。鍼をなすを知るものはその左をもちい、鍼をなすを知らざるものはその右をもちいる。まさにこれを刺すべきの時、必ず先ず左手を以て、鍼する所の滎兪の処を厭按し、弾いてこれを努まし、爪してこれを下し、その気の来たること、動脈の状の如くにして、鍼を順にしてこれを刺す、気を得て因って推してこれをいれる、これを補という、動じてこれを伸ばす、これを瀉という、気を得ざれば乃ち男は外にし女は内にする。気を得ざれば十死不治というなり。」

 このほか、『霊枢』九鍼十二原篇 第一には、鍼を抜き去る場合には素早く、矢が弦から放たれたかの如くに、刺手で鍼を抜き去り、急いで押手にて鍼孔を按ずれば、補法が完成しますよ。また、鍼を刺入する場合、堅く力を込めることが最も重要なんです。経穴にねらいを定めて、真っすぐに刺します。左右に偏ってはいけません。なんてな事も書かれているみたいですね。

 「補に曰く、これに随いこれに随う、意これを妄りにするが若し。若しくは行らし若しくは按じ、蚊虻の止まるが若く、留まるが若く還るが若し。去ること絃の絶ゆるが若く、左をして右に属がわしめ、其の気故に止まり、外門已に閉じ、中気乃ち実し、必ず留血なからん。急ぎ取りてこれを誅す。」

 また『霊枢』小鍼解篇 第三にも、刺手で鍼を抜き刺しするような事は書かれているみたいですが、まあ当たり前と言えばこれ以上当たり前の話はないんじゃないでしょうかね。

 「右はこれを推すを主り、左は持してこれを御すとは、鍼を持してこれを出入するを言うなり。」

 ええっと、皆様もご存知のように、ここでいう刺手とはですね、鍼を刺入および抜鍼するための手の事ですよね。通常は利き手が刺手になり、押手との二重奏にて切皮、刺入、手技、抜鍼に関与しているという事なんでしょうが……。ですから、右利きの治療家は右手が、左利きの治療家は左手が刺手という事になりますね。

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