週刊あはきワールド 2021年11月24日号 No.739

第49回日本伝統鍼灸学会沖縄大会参観記

流派の垣根越えた臨床議論の端緒をひらく

会長講演の宇宙大の構想と治療技術論の差をどう埋めるか

日本伝統鍼灸学会顧問・鍼灸ジャーナリスト 松田博公 


 大御所は姿を控え、舞台には若手鍼灸家の登壇が目立ちました。各流派、会派で着実に世代交代が進み、新世代は、いずれも言語明瞭に表演を説明できる名手で、わざの伝達者、教育者としても優れていることが印象づけられた沖縄大会でした。

 これら新鋭の伝統鍼灸家たちは、20年ぐらい前まで学会を席捲していた「村言葉」ではなく、鍼灸界全体に通じる共通語を話そうと意識していたように思います。事実、1日目の「シンポジウム:日本伝統鍼灸における腰痛治療の標準化を目指してⅣ」は、突っ込み所をわきまえた篠原昭二氏の巧妙な司会に牽引されて、流派の垣根を越えた議論の端緒がひらかれつつあると感じられ、変な言い方ですが、全日本鍼灸学会に来たかと錯覚したほどでした。

 なぜなら、全日本鍼灸学会の場合、伝統思想や哲学、概念といった各流派の信念の体系は存在しません。前提は、機能的な万国共通のコスモポリタン医学です。同様に、伝統鍼灸の流派や会派も、個別の哲学、用語を脇に置くことができれば、臨床技術に絞り込んだ評価基準に則る開かれた対話が可能だということを、見せていただいたわけです。ここに至るまでの関係者のご苦労が想像できます。

伝統鍼灸の思想の言葉は必要でないか

 となると、次に問われるべきは、伝統鍼灸とは何か、ではないでしょうか。その定義は、伝承のわざという技術の側面だけでよいのか、伝統鍼灸の思想の言葉は、伝統鍼灸家の生き方に必要ではないのか、さらにまた、『黄帝内経』に結実した宇宙論哲学は、患者さんを癒し、国を癒し、コロナ禍で疲弊し政治的にも経済的にもますます悲惨さを強める地球を癒すリアルな思想として、今こそ待たれているのではないか、などの問題群です。

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