週刊あはきワールド 2021年12月8日号 No.741

独身高齢患者の新型コロナ感染顛末記 その3

新型コロナ感染から回復した、慢性腎不全の高齢患者の背景に垣間見えるもの(3)

~「楽しみ」を探す~

いやしの道協会会長 朽名宗観 


幼年時代からの下働きで、質素と倹約に徹した生涯
〜抑制性愛着障害の傾向が見られる下田さんの場合〜

 同じ時期に栗山さんとほぼ同年齢で同じように幼少期の家庭環境に恵まれなかった下田妙子(仮称)さんの往療をしていた。頚椎狭窄症による両手のしびれ、腰痛症とそれに伴う両下肢のしびれ、変形性膝関節症があり、それに対する鍼灸治療を行うと同時に、廃用性筋萎縮が進行しており、屋外のみならず室内でも歩行器を用いて移動しているが、頻繁に転倒するので両下肢の機能回復が望まれていた。結婚歴はなく、新築高層アパート9階の1DKに越して来たばかりで一人で生活しており、介護度も高く、買い物も自分ではできなくなっていたので、毎日、ヘルパーが朝と夕方に入っていた。

 下田さんの部屋には余分なものが一切なく、衣服や布団も最少限のものがあるだけだったので、箪笥も小型ものが一つあるのみで、目立つ家具といえば、介護保険で借りている居間兼寝室に置かれた電動ベッドくらいと言えるだろうか。おしゃれをする、着飾ろうとする様子は一切見られず、持っているものの中から着られれば何でも良いといったふうに選んでいるようで、これまでの生活で贅沢や無駄なことを一切省いて来たことが窺えた。つい浪費しがちな栗山さんとはまったく対照的だった。だからと言って、経済的に余裕がないわけではなかったのである。ケアマネジャーによれば、かなりの額の預金を所持しているとのことであり、その財産を自分で管理するのが難しくなっていたので、成年後見人がつけられるようになった。

 下田さんは幼いうちに生みの母を失い、父は再婚するが、その継母に虐待を受けており、優しかった人として強く愛着を持っている身内が姉だった。姉は自分の食べる分を下田さんに分けてくれるなど、継母からかばってくれるような存在だったのである。この姉への思慕については、年を経ても衰えることはなく、私も繰り返し聴かされた。しかし、父親が結核になって亡くなり、その看病をしていた姉も同じ病で失ってしまって、継母によって小学校卒業後に芸者の置屋に下働きに出されることとなった。そこでの給料は継母にすべて取り上げられてしまい、本人は10年以上収入なく働き続け、20歳を過ぎた頃に、そこから(換言すれば、継母からということでもあるが)逃げ出すようにして住み込みの料理屋での仕事を見つけ、そこで長く勤めることとなった。その後も他の飲食店員や掃除婦として働き、定年後はデイサービスに通うのが日課となっていた。

 私が「結婚は考えなかったのですか」と訊くと、「私なんかがとんでもない」との答えが返って来て、異性との交際など夢にも思ったことがないように見受けられた。数少ない親戚の弁護士をしているという家を何かの折に訪ねた際、相手はお金の無心に来たと思ったらしく、非常に冷たい態度をとられたのにひどく傷ついたといった話を聞いたこともある。短い接触で受けた印象は、人を頼りにするというよりも、頼りになるのはお金しかないという思いが強くあって、質素に倹約を続けて一財産を築いたのではないかということだった。

 下田さんにはブレーキの効かない癇癪持ちの一面があり、それをデイサービスでもしばしば爆発させて周囲の人を辟易させており、スタッフがそうした性格を踏まえた上での接し方をしているということだった。漢方薬で抑肝散が処方されていたが、その癇癪を緩和させるのが目的だったのだろう。私が初めて往療した際にも、鍼灸道具を鞄から取り出して準備するのが待てずに、「早くやってよ!」と大声を張り上げていた。それは頭でコントロールできるようなものではなく、感情が瞬間的に爆発してしまうというふうだった。

 この方にも愛着障害があることが感じられたが、栗山さんとは違って人との交感を苦手とする抑制性愛着障害に当たると言って良いだろう。この二人には幼少期の養育環境が満たされていなかったという共通点がありながらも、その後の人生は生活態度、考え方などがまったく対称的なものとなっていることが興味深く感じられたものだった。

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